Skim Heaven


季節の変わり目が少し過ぎて、人肌に触れるのが苦痛ではなくなってきた。
そうなると、隣で寝ているザックスの体温が恋しくなる。
夜遅くに帰宅したザックスが、シャワーを浴びて缶ビールを開けていた。耳だけは澄ましていたけれど、喉の奥が鳴る音は5秒で聞こえなくなった。
つまり、その5秒で飲み干したんだろう。
ペタペタと歩く音と、缶をキッチンに置く音が聞こえる。
その後こっちに歩み寄り、濡れた髪を雑に拭いただけのまんま下着一枚で俺の隣に潜り込んできた。
労をねぎらう言葉の一つもきちんとかけたかったけれど、まぶたが重くて目を開けることすら億劫だった。どうやら俺は、ザックスの瞳が今日も変わりなく綺麗なまんまだと確認することもないまま、おかえり、とだけ呟いて眠りに落ちたらしい。ただいま、という言葉は聞いた覚えがない。

 ゆっくり目を開けると、ぼやけた鼻先がまず飛び込んでくる。閉じ続けていた目が空気に触れてなんとなく開けにくい。ぱちぱちと2回ほど瞬きをすればくっきりと視界が広がった。
 昨日は適当に声だけかけたザックスに頬擦りしたくなったけれど、口元に伸びる無精髭に触れたらザリザリして痛いかも、と一瞬躊躇してしまう。人差し指で鼻先をついと撫でてみたけれど、特に反応が返ってくることはなかった。
 俺と全然似てない真っ黒の髪とか、眉毛とか、髭とか。そう言ったものが寝ている間に勝手に伸びてくるザックスの事を思うと、なんだかおかしくなって少し笑う。年上のザックスが自分よりずいぶん年下に思えるような、不思議な時間だった。多分俺も似たようなものかもしれないけれど、体質の違いってものは、かなりある……はず。クラウドはつるつるで触ってても気持ちいいんだ、と、いつも頬ずりをされるのは、正直嫌いじゃない。
ーー起こしてしまいたいような、まだ寝かせてやりたいような。
 ザックスと俺が始めた何でも屋への依頼に、力仕事が増えた。それ自体は頭を使わなくてもいいという意味ではよかったのかもしれない。けれど、その分肉体の疲労は確実に溜まっていく。一般人よりは数倍体力があるとは自負しているけれど、それでも毎日毎日休みなく働いていたら、流石のザックスでも休みの日には寝入っ てしまうというものだ。
 数か月に1度、あるかないかの完全オフ日。
 と言いつつも、いつ何を依頼されるかはわからないけれど。
 今のところは大丈夫そうだ。
 とはいえじっと顔を見ていると、何を能天気に眠っているんだ、と言う気持ちも芽生え始めた。ふに、と頬を抓るとザックスの眉間に少し皺が寄って、すうっと大きく大きく息を吸った。薄く目を開けて俺を見て笑った後、また目を閉じる。この一連の流れは何度見てもいいものだと思う。
寝起きの髪はぼさぼさだし、さっき言った通り無精髭も生えている。寝汗だかなんだかのにおいを吸い込みたくなって、体を起こして耳の後ろに顔を近づけた。
 涼しくなったとはいえ、寝ている間は無意識に汗の一つもかくのが人間だ。なんとも言えないにおいは、俺以外の人間だと不快に思うんだろう か?このにおいが好きで、ずっとかいでいたいと思う。このにおいに包まれて、そのうち俺自身と混ざりあってぐちゃぐちゃになる瞬間が好きだ。
「……ザックス」
「んー……」
 起きてるのかまだ寝ているのかの判別がつかないまま、ふと思い立ってザックスの下半身に手をやった。男なら誰だってあるだろう朝の生理現象、あれはその人間が雄としての務めをまだ果たせるかどうかの指標になるらしい。別にそんな事に大して必要性は感じないけれど、なんとなくいたずらしたい気持ち半分で、そっと触れてみる。
 期待通りに布越しでも誤魔化せない、ザックスの硬い中心に少し笑ってしまった。
 これ、本当に無意識にやってるのか? あんた、まだまだ大丈夫そうだ な。
「ザックス……寝てる?」
「ん」
「起きてる?」
「ん」
  無理には起こしたくない、でも少しだけ起きてほしい。そんなどっちつかずの気持ちのまんま唇にキスを落とすと、ごそごそとザックスが動き始めた。片腕が俺の背中に回されて、ぐいと引き寄せられる。温かくて大きな手に中を優しく撫でられると、心地よさに開けていた目がまたとろんと重たくなり体を摺り寄せた。
 ぴったりくっついて、もう一度キス。今度は後頭部に手を回されて、そのまま舌が割り込んできた。同じように舌先を伸ばしてそれを受け入れる。
 すん、と鼻で息をしたザックスの目はまだ閉じられたままだったけれど、確実に意識は起きているだろう。昨日濡れた髪のままベッドにもぐりこ んで来たその上半身に何も纏われていないのをいい事に、ぷつんと尖った先っちょを指で小さく弾く。そのままくりくりといじると、小さいうめき声と共にその指をそっと掴まれる。
 ゆっくりと下半身にその手を持って行かれて、"触って"という無言のメッセージ。最近気に入って履いてい るらしい、下着兼就寝用のズボン越しのそこは、さっきよりも硬さを増していた。
 熱を持ったそれをゆっくりと擦り、体の下に埋もれていたもう片方の腕を引き抜いた。ザックスの小さくとがった胸の先をきゅっと抓ると、びっくりしたように目を 開けて、それから"こら"と怒られる。
「なーにしてんの」
「……おはようザックス」
「ん、おはよ」
  ぺろりと唇を舐められて一瞬ひるんだ瞬間に、後頭部をガシッと掴まれて唇に吸い付かれる。逃げられないようにしっかり抑え込まれた頭の後ろに熱が移って、そこからじんわりと暖かくなる。
 付き合い始めたての恋人同士がする、触れるだけのかわいらしいキスをしている間はまだいいものの、その気になったザックスにはいつもいつも翻弄されてしまう。
 もちろんそれは嫌いではないし、もっと欲しいと思う以外には何もないけれど、舌だけでそんな風にされるのはさすがに癪だと思った。 息継ぎを忘れて口腔内の全てを絡めとられてしまわないように必死でそれに答えながら、下半身に添わせた手でザックスの性欲を促した。
 それでもじわじわと追い上げられる快感に、息を吐くタイミングがわからなくなってくる。歯列をなぞって逃げられないように体を掴まれたまんま、片足で俺の太ももに割って入られる。完全に勃ち上がったザックスの物と同じぐらい、俺自身も熱を帯びていた。
 ついと延びた涎を上塗りするように、ザックスの人差し指が俺の唇をなでた。こじ開けられる前に自分から迎え入れて、ちゅくちゅくと舐め上げる。無心で舐め回しうっすら目を開けると、青い綺麗な瞳に視線をとらえられた。
「ん……っふ、ザッ、クス」
「……朝から珍しいじゃない」
「だって、今日は予定がない」
 そっか、だから、朝からしたいんだ。
 そう言って意地悪そうに笑ってはいるけれど、ザックスの目は俺から逸らされることはなかった。
 俺の涎でてらてらと塗れた指先をこれ見よがしに自分で舐めとったザックスに、仰向けに態勢を変えられた。Tシャツの下に滑りこんで来る濡れたまんまの指先に、ぷくんと上を向いた自分の突起を摘ままれて体に力が入る。
 反射的に目を閉じて両手にギュッと力が入った。足の間に割って入られ、自分の意識下に置ける羞恥心を投げ出そうと決めた両手は、顔の横に放り出される。
 これは、全てを曝け出して全てを受け入れると言う、ザックスへ向けた俺なりの意思表示。
 振り回されて、飲み込んで、全てを吐き出してしまい たいという欲望の 現れだ。
 それを知ってか知らずか、にやりと笑った俺の最愛の視線。誘うように名前を呼んで指と指をからませた。


■ □ ■


 クラウドがうっすら目を開けた時点で意識は覚醒していた。だけど、今すぐ目を開けるのも面白くないと思って少し様子見してたんだ。昨晩おかえり、と声をかけてくれてはいたものの、クラウド自身も疲れてたんだろう。返事を返したついでに抱き潰したいのを我慢して、そのまま目を閉じた。
 自分から誘ってきてくれる事が随分増えた。もちろん、俺から誘えばいつでも答えてくれる事なんてわかってる。けれど、初めて出会った10代から色んな期間を経て、ようやく自分の中に隠した欲望みたいなものを曝け出してくれるようになった。ここ数か月の事だ。それは単純に、男として嬉しいと思う。
 もっともっと、知りたいと思ってる。
 だから、俺の事ももっと知ってもらいたい。
 それって、当然の事じゃない?
 クラウドの口元に指を持っていくと、赤い舌がそれを受け入れる。ちろちろと見え隠れする先で恐る恐る舐められるのは返ってもどかしく、歯の裏側を擦ると追いすがるように絡めとられた。
 いつも俺の一番敏感な所を吸い上げる唇がしてくれるように、指先をいじられる感覚。うっとりした顔で薄目を開けてこっちを見据えた瞬間、今日はこのままずっとその表情を堪能してやると決めた。
 数か月に1度あるかないかの完全オフ日、それぐらいしたって、バチは当たらない だろう。
「もうこんななってる」
「う、ん……ザックス、も……っうぁ」
 お察しの通り、俺だってもうその気になっちゃってる。このままとろとろと溶け合うようなセックスにふけるのも悪くないけれど、寝起きのなんとも言えない空気の中誘ってきてくれた恋人の気持ちに緩慢な対応をするなんて我慢ならなかった。
 布越しに触れられるクラウドの手は温かく、むくむくと勃ちあがる自分の薄暗い欲望を感じた。指先でいじられて、そっと包み込んで擦り上げられる。気持ちいいけれど、布が邪魔でもどかしかった。わざとらしく舌を出すと、クラウドが唇に噛みついてくる。貪る、という言葉通りにお互いの熱を飲み込むように絡ませ合いながら、掴んだ手首をそっとパンツの中に引き入れた。
「ん……ふ、あ」
「クラウド、舐めて」
「んー……」
 やんわり抵抗しようとする体に自分から密着させて、硬くなった所に触れる。ガチガチになったそこの先からにじみ出た液体がクラウドの服に染みを作っていた。 撫でた後頭部をそっと自分の下半身に誘導すると、されるがまま俺のパンツをそっと下ろす。履き口から顔を出したそこに鼻を近づけて、すん、とクラウドが息を吸い込んだ。
 小さく息を吐いて、ゆっくりと口を開けてべろりと舐め上げられた瞬間、下半身に走る快感に思わずため息が漏れる。手のひらで優しく頭をなで続ける と、それに合わせて唇が上下する。じゅる、と音を立てて吸い上げ、ゆるゆると追い立てられた。このまま思いっきり喉の奥まで突き入れたい衝動にかられたけれど、それはまだ先に取っておこうかな。
「は、きもちい……」 
「ん、うん」
「……いいよ、こっち来て」
 顔を上げたクラウドの唇にキスを1つ落とし、ぐい、と腰をひっくり返して仰向けにして、その足の間に割って入る。ころん、と寝転がした反動で放り出されたク ラウドの両手がだらりとベッドの上に放り出され、よれたTシャツの上から胸筋の上にぷつりと浮いた突起に噛みついた。
「あっ、ぁ……っ」
 軽く歯を立てると悦ぶクラウドの眉間にしわが寄る。片方を舌で転がし、もう片方はTシャツの下に手を滑り込ませて指先で弄んだ。いつもこれが好きだと、体全体で伝えてくれる瞬間が好きだ。足指の先にキュッと力が入って、手指の先はシーツを掴む。きつく閉じられた瞼と眉間のしわを見て幸せな気持ちになりながら、もっともっとその顔を見たくて追い上げる。
 ザックス、と俺の名前を小さく呼びながら、立てた膝と両足が俺の腰を捕まえる。投げ出された腕の内側に俺の印なんて、つけちゃおうか。俺の唾液で濡れたTシャツの先にはじわじわとその染みが広がって、普段は恥ずかしがるせいでなかなか見せてくれない脇のあたりにも舌を伸ばして、舐め上げた。
「ザックス、それ……」
「んー?どうせ洗濯するからいいじゃない」
「恥ずかしい、だろ」
「……今更?」
 皮膚の表面どころか体の内側の肉でさえも曝け出してるくせに、そういう所はまだダメなんだ。それがおかしくていじらしくて、わざとこういう風に触れたいと思ってしまう。
 クラウドの下半身にはとろとろと先走りが零れ落ちていて、下着はしっかり汚れている。クラウドの体からいったん離れ、自分のパンツを一気に脱いだ。ぽい、とその辺に放り投げると、起き上がったクラウドも勢いよくTシャツとパンツを脱ぎ投げた。
「指、入れていい?」
「う、ん」
  いちいち聞くなよと悪態をつかれるかと思ったけれど、素直に首を縦に振る。俺に跨って膝を立てたクラウドの入口に、中指をそっとあてがった。とろとろの液体で塗れたそこをゆるゆる擦ると、恥ずかしそうに腰をくねらせて誘う。ぷつりと中に入った瞬間、目の前の金髪が少し高い声で鳴いた。
「っあ、う……」
 恥ずかしそうに指の背を噛む仕草。声出していいぞと促したけれど、俯いて首を横に振る。以前それをとがめずにいたら、最終的に自分の指をかみきってしまいそうになるほど耐えていたことを思い出す。空いた手でその手首を掴んで、クラウド自身へと導いた。透明な先走りが糸を引いて零れ落ちる。それを潤滑剤にして、クラウドが自分自身を擦り始めた。目の前で見せられる痴態に頭が沸騰しそうになって、強引に奥へと勧めた指をもう1本増やしてこじ開ける。 
「あぅ、あ、あっ……はぁ、あっ」
「はぁ、クラウド、上手、すげえいい眺め……」 
「うぁぁっ、あ、やめ……」
 
 やめるわけないだろう。半ば無理やり入ったクラウドの内側の壁からぐちゅぐちゅと漏れる水の音に聞き入った。ガクガクと震え始める膝を支えて、腰を落とせと促す自分自身にも少し余裕がなくなってきていた。荒い息を吐くクラウドの中に早く自分を突き立てたくてたまらない。まだ入らないと震える声で呟いたクラウド を宥めすかして腰を掴んだ。
「は、だめだ、まだ入らな……」
「大丈夫、ちゃんと入る」
「あっ……ああ、あぅ、ふ、あぁっ」
 言葉通りに引き落とすと、ぐちゅりと音を立ててすべてを飲み込まれた。震えあがりそうになる快感に喉の奥から声が出る。窓の人から日差しが差し込んだ部屋に、クラウドの嬌声が響いた。
 ギチギチと締めあげられて追い詰める。首に手を回したクラウドがその体を俺に摺り寄せて、消えてしまいそうな声で気持ちいい、と吐いた。 ゴクリと飲み込まれた唾液を吸い上げるように口付けて、繋がったままお互いの熱を感じる行為。それぞれの後頭部にまわされた腕がお互いの髪をぐしゃぐしゃに搔き乱して、涙目のクラウドがもう出したい、と訴える。
「まだだめ」
「なん、で、ひ、ああっ!」
 俺まだもうちょっと余裕あるから。笑ってそう返すと、眉間にしわを寄せたまんまふざけんな、と息も絶え絶えに抗議される。もっともっと追い詰めてやりたいと思った。いっぱい気持ちよくなって、いっぱい出そう。全部出していいから、もっとその顔見せて。
 段々と激しくなる腰の動きにこっちの息も少し上がってきて はいるけれど、まだ大丈夫、もっと耐えたい。
 とはいえ、俺以上に追い上げられている膝の上で揺れるクラウドの指先には強い力が籠る。肩に突き立てられた爪の先が皮膚に食い込む痛みすら心地いい。戦闘で負う傷と、クラウドに与えられる傷は全く別物だった。こんなに甘美な傷なら、俺、いくらでも受け入れられちゃうな。
「ああっ、あ、ザックス、ダメだ、離せ……っ」
「離さない」
「あ゛、あっ……っあぁぁっ」
 奥の奥を突き上げた瞬間、びくりと震えたクラウドの体が硬直したまま静止する。伸縮する肉にぎゅうぎゅう締めあげられた俺の下半身。こみ上げる吐静感を必死で制して、白濁を吐きだしたクラウドを労わる間もなくベッドに押し倒した。
「ひぁっ!あ、やだ、ザックス今、イッ……やあ゛ぁっ!」
「ごめ、我慢して」
「無理、あ、ひぁっ、あああっ!」
 どろどろに汚れた腹部に構うこともなく、抱え上げた膝に体重をかけてそのまま突き上げる。生暖かい体液のせいで繋がった部分からぐちゃぐちゃと音がするけれど、このままクラウドの中に全部ぶちまけてしまいたい欲望に抗うことなんてできなかった。
 その昔、相手の事を大事にして、労わって繋がりたいなんて思っていたのはどこの誰だったっけ。毎回毎回、いざ始まってしまえば自分の中の征服欲に支配され、やめろと懇願するクラウドの事なんてお構いなしに振り回してしまった。喉の奥から漏れる声にならない声で抗議する碧色の目から湧き上がった薄い涙がつうっと零れ落ちる。
「あー、すげ……っは、クラウド、このまま、出していい?」
「い、いっ……全部、なか……っうぅ……っ」
 手の甲でそれを拭ったクラウドが息も絶え絶えに呟いた。その言葉につられるようにして乱暴に揺さぶる。ひくひくと震えたクラウドの入口、その奥に、言われるがまま全部ぶちまけた。
 そのまま崩れるようにしてクラウドの上に折り重なる体。
 荒れた息を整えるようにお互いに唇を重ね合わせて、強く抱き合った。
 クラウドの体の緊張がほぐれたタイミングでずるりと自身を引き抜くと、濁った液体がクラウドの後孔からとろりと零れ落ちる。シーツの上に落ちたそれを指ですくい上げて、やんわりと開かれた唇になぞりつけてみる。意志をもってかどうかはわからないけれど、ぼんやり天井を見上げるクラウドがそれをぺろりと舐め て、"不味い"と眉間にしわを寄せた。 

      *  

 腹の上を汚した体液が乾き始めて不快な気持ちになり始めた。ゆっくり起き上がったクラウドが、無言のままフラつきながら浴室へと向かう。風呂行かないのか、 と振り向きざまに聞かれて、行く行くと二つ返事。起き上がってカーテンと窓を開けると、熱の抜けきらない体に心地いい風が吹き込んできた。
 起き抜けの髪をシャワーで撫でつけて、適当に体を拭きながら冷蔵庫を開けると、昨晩に仕込んでおいたらしいサンドイッチが鎮座している。こりゃいいやと手に取って、大口を開けてかじりついた。
「クラウドが作ったの?」
「昨日ティファが持たせてくれたんだ、朝に食べろって」
「ありがたいなー」
 とはいえ、まさか朝っぱらからこんなことをするとは思ってもいなかっただろうけれど。
 どうしても男二人で生活していると、食事の面では適当な日が増えがちになる。人一番食欲もあると自負している俺だけど、正直、自分のための調理なんて煩わしくてあまりやる気にならない。大体が買い置きか、クラウドのために作ってあるものがほとんどだ。
 お互いなかなか休みが合わない分、揃って食事をすること自体、そんなにない。
 よく冷えたパンの端っこは少し乾いていた。飲み込みにくいな、と思った瞬間にパチンと音を立てて湧き上がったポットの湯でコーヒーを入れる。 無言でハムとレタス、それからトマトなんかが入ったオーソドックスなサンドイッチを口に運ぶクラウドの睫の先が、机に薄い影を落とす。
 お互い下着一枚で軽く食事を終えた後、どちらともなくまたベッドに足を運ぶ。
 特に会話することはなかったけれど、あえてする必要もなかった。
 本当に数か月ぶりの、何も依頼のない日。いつだったか忘れたけれど、あの日もお互いの体に没頭して、そのまま翌日の仕事に向かったような気がする。溜め込んだ性欲だとか、疲れてるところにあえて話す必要もない話だとか、そういったことを一つずつ思い出して思い出して、体で会話するような感覚だったような。
「今日はゆっくりしよ」
「ん」
 言葉数の少ないクラウドがベッドの上に座る。後ろからタオルケットごとその背中を包み込んだ。肩に顔をうずめると、ボディソープの残り香が心地よく、思いっきりそれを吸い込んでため息を一つ。昨日の長距離移動はさすがに精神的に疲れた、なんて口をついて出してはみたけれど、ふふ、と小さく笑って返されただけだった。
 ああだこうだと言い返されるのはあんまり今は求めてなくて、それを汲んでくれた事が嬉しかった。


 ■ □ ■


「ふぁっ!あ、ああっ」
 ゆっくりしようなんて甘い声で囁いていたザックスは、それから半時もしないうちに俺の背中を指先でつらつらとなぞり始めた。ほんの数十分前に吐き出したばかりの俺の体はまだ敏感なままで、ザックスの指先一つに息が上がってしまう。
 まだダメだ、もう少し時間をおいてくれ。
 そう言って多少の抵抗はしたけれど、耳の裏を口に含まれてねろりと舐め上げられた時点で、ゆっくりなんて言葉はどこかに消え去ってしまっていた。
 肺の周りを覆う骨と骨の間を走る快感に寒気が走る。ちゅ、と音を立てて押し付けられた唇に散らされる所有印は俺には見えないところばかりだった。恥ずかしいからやめてくれと言った所ですぐにそうしてもらえるとは思えなかったけれど、一応の抗議として伝えはした。やだね、と喉の奥で笑ったザックスの声が耳元に響 く。いつものカラッとした明るい声じゃなく、俺を翻弄するのは低く濡れたそれ。それだけで腰のあたりが震え、下半身がまた大きくなり始める。
「ざ、くす、もうちょっと待ってくれ」
「んー?もうしたくない?」
「っは、あ、したく、ないわけじゃ、ない」
 だったらいいじゃない、今でも後でもすることは一緒だし。そう言い捨てられて、半ばあきらめの境地に至る。ちらりと目線を上げた先にある時計は午前11時 12分、腹が減ったと無理やり中止するにはまだ早すぎた。
 後ろから抱きすくめられたままの状態からゆるゆると撫で上げられた背中を伝って、胸元のふくらみを摘ままれる。びくん、と反応した体と同時 に引きつった声が漏れた。ザックスの俺より太くて大きい指が俺の肌の上を這いまわる。ぐりぐりと二本の指で捏ねられたピンク色に、痛みと快感が伝わってきた。
「あ、んっ、い、いた……っ」
「痛い?」
「あんまり、強くするな、ふぁあっ」
  ぐり、と指先に力が入り、しびれるような感覚が体に走る。跳ねた体と無意識に閉じようとした両足をザックスの足首に捕まえられた。多分、全力を出せば難なく逃れられる程度ではあるだろう。けれど、頭のどこかに湧き上がった感覚に抗えず、大して体に力が入らなかった。
もっと触れて、舐めて、噛みついてほしい。
こんなに時間をかけて触れられるなんて、いつぶりだろう?
丁寧に痛くされるのは、好きだ。

 すっかり硬さを取り戻してしまった俺自身に、後ろから手が伸びてくる。大きな手に包まれて、ゆるゆると擦り上げられた。足が閉じられず上手く快感の波を逃すことができない俺に、しっとりした声が追い打ちをかける。抓られて擦られて、首筋に噛みつかれて、それで完全に流されることを良しとしてしまった俺に、嬉しそうな声でザックスは言葉を紡ぐ。
「ほら、その気になった?」
「あぅ、あ……っひ、あぁっ!する、するから、ちょっと待っ……!」
 よし、じゃあもう一回しような。そう言って俺の手足を開放する。パッと離された反動で思わず体の前に両手をついた。そのまま腰に手をやり、ぐいっと前に押しやられると、一番恥ずかしい部分をザックスの目前に曝け出す態勢になってしまった。
 さっき行為を終えたばかりのそこはまだひくひくとザックス自身を欲していて、きっといつでも受け入れられる。それはつまり、触れられればすぐに反応してしまうという事だ。ザックスの指にかき回されて声を上げるなんて、この先の自分のあられもない姿を想像しただけで、体中が熱くなった。
「クラウド、すごい、まだ触ってないのにひくひくしてる」
「うっ、うるさ、い、だから、そういう事を……!」
「言われると、興奮するよなあ」
「ふぁ、あぁっ、もぅ……っ!」
 そういう事をいちいち口に出すなと怒りたかったけれど、多分、何の意味もなさないだろう。今更まだ恥ずかしいと思う自分が情けないとも思う。後ろの入口にぴたりとつけられた舌がぬるぬると這いまわり、その奥まで侵入しようとする。羞恥心で頭がおかしくなりそうになりながらも、ザックスの舌や指に答えたくて声を上げた。
 引き抜かれた舌の代わりに入ってきた2本の指を難なく受け入れて、奥を広げられる。くちくちと聞こえる水音で耳まで犯されているような気分になる。一番奥の、一番自分がおかしくなる部分を指先がかすめた瞬間、自分でも信じられないような嬌声が上がる。
「ふぁぁっ!あ、ん、んぁ、そこ、ダメ……」
「クラウドのいいとこ、俺すぐ見つけられんの」
「い、嫌、あぅ、あ……あぁっ!はぁ……あ」
 すりすりと指の腹でそこを撫でられて、目の前が真っ白になったと思ったら知らないうちに白濁を放出していた。びゅくびゅくと跳ね飛んだかと思うと、とろりと根元まで伝い落ちる精液がベッドを汚す。支えきれなくなった自分の体を落ち着けたスプリングが軋んで額を擦りつけた。汗だくになった体に小さくキスを落として、尻の当たりに両手が添えられる。
 ザックスのそこはさっきと同じようにそそり立ち、俺の中を蹂躙したいとすり寄ってくる。息の整わない俺を宥めるようにして髪を指で梳き、いい?と小さく声を掛けられる。今中に入られたら辛いのはわかっていたけれど、あっという間に達してしまった俺に抵抗する程の気力は残されていなかった。
 黙って首を1度だけに 縦に振った瞬間、指とか比べ物にならないほどの質量が体の中に入ってくる。
 その圧迫感に息が詰まり、指先が白くなるほど強くシーツを掴んだ。
「あぁっ!や、あぅ、ザックス、待っ、っひぁぁっ!」
「すげー、中とろとろだ……」
「ひぁ、あっ、っんぁぁっ!!」
 頭をベッドに押し付けて、尻は浮かせた状態で、後ろからガツガツと押し入られて揺さぶられる。きつく閉じた瞼の端っこに浮かんだ生理的な涙がシーツに染みては消えていく。喉が潰れるような声を上げてザックスのものを受け入れる。何も分からなくなりそうになりながらも上手に受け入れられた嬉しさで、口角が上がった。
 何も考えずに、ザックスの事だけを考えられてる時間なんて、本当に今までなかっただろう。
 恥ずかしいし辛いけれど、あんたに抱かれてる事実が俺にはすごく、嬉しいと思う。
 ザックスの先走りと俺の体液が混ざり合って、卑猥な音が響いている。肌同士がぶつかり合って乾いた音が漏れる。背中に覆いかぶさられた状態でぐちぐちと出し入れを繰り返すザックスの息が上がり始めた。
「あぁっ!ん、ぁ、ああ、うぁぁっ!ザックス、止めて、おねが……」
「っああ、悪い、もうちょっと、もうちょっと……!」
「無理、もう、さっき出た、から……!」
 その後は自分でも何を言ってるのかよくわからないままだった。とにかく止めてくれと抗議を続けていたんだとは思うけれど、多分ザックスにも伝わってなかったんだろう。その証拠に全然止めてももらえず、何も出ないのに絶頂だけが俺の体を駆け巡った。ふと途切れた意識がザックスの腰を打ち付ける音で引き戻され、また視界が滲んだところに、ザックスの低くうめく声が聞こえる。
「う……あ、出る……っ!!」
「はぁ、あっ……うぅっ……」
  奥の奥で出される感覚に、震えながらも大きく息を吸い込んだ。朦朧とする意識の中で、自分の体の内側に放出されるザックスの熱を感じる。このまま全部自分の体に吸収されて俺の体の一部になってしまえばいい。そんな事は到底無理な話だとは分かっているけれど、少しでもザックスの体の一部が自分のものと溶け合ってしまえばいい。
 こんな事を口に出したら、さすがにちょっと女々しすぎると笑われるだろうか。
    
    *

 さっきした時とはケタ違いに乱れたシーツを洗わなければいけない。
 喉の奥から絞りだした声のせいで、水も飲みたくてたまらない。
 準備運動なんてないまま急にハードな運動をしたら、さすがに腹も減るだろう。
 行為に夢中になるのもいいけれど、見てみろこの携帯の画面を。
 着信が5件ずつ、全く同じ宛先から入っているぞ。
 床で正座し、頭を垂れて反省するザックスにあれやこれやと言い聞かせた。こんこんと言い聞かせたけれど、ごめんっていってるじゃない。軽く謝ったかと思えば、 間髪入れずにシャワー行こうぜ、なんて誘われる。
 本気の抗議なんてバカバカしくもなってくるだろう。大きなため息を 1つついて、ゆっくり立ちあがる。
 流石に足腰に走った痛みのせいでよろけたけれど、ザックスの腕に支えられて小さく安心した。

 季節の変わり目だからザックスの人肌が恋しいなんて嘘だ。
 いつだって俺はあいつを欲しているし、多分、あいつだって俺の事を欲しがってくれてる。
 なんの根拠もないけれど、それは絶対に間違いない。
 だからせめて、週に1回ぐらいはこんな日が欲しい、と思った。
 「えっ、週1でこんな激しいのを…?」
 「バカ!回数を増やしてもいいから、手加減を覚えてくれって事だ!」
 ああびっくりした、と軽口と一緒に笑うザックスに背を向けて、2度目の浴室に飛び込んだ。蛇口をひねると流れ出てくるシャワーが心地良い。
 数か月に1度だけでも、きっと十分贅沢なんだろう。本来ならこれはありえなかった未来。閉じた瞼の裏側でチカチカする色んな感情のしっぽを捕まえたかったけれど、結局何もわからないまま、口に出せないまま黙って目を閉じた。





fin