見上げた空が青くて気持ちいい。
そんな感覚はいつの間にやら捨て去ってしまっていた。長すぎた戦争を終わらせようと指先で額を抑えていた統括の言葉を聞いたのは、いつだったっけ。
簡単に終わらせて、俺もすぐに1stに昇進だ。そんな風に簡単に考えていた自分が今立たされている状況は、思っていたよりもずっと過酷だった。
戦闘機よりも鮮やかな
よくあんなデカいもん隠しきれたな、なんていっそ感動すら覚えた。
ウータイの隠し持っていた急降下爆撃機のサイレン音は、鳴った瞬間に生命の危機を感じるような不穏な声。漠然と不安にさせられるようなその音に、反射的に耳を塞ぐ。それでも防ぎきれない、骨まで粉砕されそうな爆発音と同時に吹きすさぶ爆風。体がなぎ倒されそうになったかと思えば、一瞬にして目の前から消え失せる敵味方。
目を覆いたくなるような惨劇なんて言っちゃえば簡単だろうけど、目を閉じればその瞬間に自分もああなるかもしれないと思うと、砂塵で濁る魔晄の瞳を閉じる事なんて、到底できなかった。
「なーにが終わらせよう、だ!悪化してんじゃねーか!」
砂埃が落ち着いたその先から走り寄るウータイ兵に向かってこちらからも突っ込み、一振りして体を返す。仕留め損ねた一人の鳩尾に拳を一発叩き込んで、そのまま草むらに転がり込んだ。
好きなだけ暴れろ、すぐに終わる戦いだ。
そう言われて送り出されたはずだった。
蓋を開けてみれば、ウータイの決戦兵器とやらが大暴れしているわ、人力で操縦する爆撃機なんて前時代的な物は飛んでいるわ。
――こんなの、どうやって終わらせるって言うんだ。かれこれ三日は寝てないぞ。
降り注ぐ爆弾が地面に着地しては破裂する。その度に飛び交う人間の声。耳に流れ込んできては消えていくその音と、視界に入って散っていく生きた証明。二日前ヘリから飛び降りた瞬間から目に入っていたその光景にも、いつの間にか慣れてしまった。
これが当たり前の世界に俺は生きている。
「……硝煙の匂いって、嫌いじゃないな」
辺りが少し落ち着いたタイミングを見計らい、崖伝いに立ち上がる。背を預けた崖の真上からコロリと転げ落ちた石に気を取られ、ふとそっちに視線を上げた。
「あっ」
やばい、と思った瞬間に体が地面に叩きつけられる。ガツンとぶつけた後頭部に電流が走り、飛び降りてきた勢いのまま、俺の体を組み伏せた ウータイ兵と目が合った。視線を縫い付けられ、首を抑えつけるその口元はいびつに歪んでいて、つられてこっちまで笑い返す。
「どーも……っ!」
首根っこに添えられた手を両側面から全力で殴りつけ、橈骨と尺骨を粉砕しにかかる。残念ながら腕周りを守る防具に邪魔されて、その手を払い のけられなかった。首を締め上げる指先に込められた力は想像以上に強く、手足をバタつかせようにも血の巡りを止められてはうまく行かない。
「神羅の犬め……死ぬ前に言い残したことはあるか」
「んー……あ、ワンッ!」
「この野郎……!!」
怒ってるのに笑ってる、変な奴だ。
だけど、同じ様な顔して見開いた目で笑っている俺も多分、すげえ不細工なんだろうな。
のしかかられた腹部を殴りつけられ、息が止まりそうになる。響く鈍痛で眉間にしわが寄る。すぐ近くでに聞こえた爆発音と、その風で霞む敵の顔。悲鳴みたいな声を上げて走り去る痩せた犬には、今までどこに隠れてたんだよ、って声を掛けたくなった。
「死に損ないのソルジャーめ!」
「そう、なんだよなぁ……、俺、そんな簡単に、死なねえ、の……っ!!」
とはいえ、さてどうしようか。絶妙な位置に全体重を預けられていて起き上がるには少し辛い。締められた首から下の指先が、少し冷たくなっ ている。こういう時はどうすればいいんだっけ。そうか、殺せばいいんだっけ。それはちょっと嫌、だな。
「そのまま動くな!!」
――その瞬間、背後から少し高い発砲音。
同時にウータイ兵の額に風穴が開いて、飛び散った血飛沫が俺の顔を汚す。ぐらりと揺れたその体が足元に倒れて、ビクビクと痙攣する。押さえつけられていた体が自由になり、咳込みながら起き上がる。動かなくなったその目は見開かれたまま、濁った空を見据えていた。
「はー……ちょっとびっくりした」
苦しかったけれど、なぜか死ぬような感覚は一切なかった。
そしたら、俺を殺そうとした奴が死んだ。
いつか誰かから聞いた話では、体が光る不思議な虫がいるらしい。夏の夜にゆらゆらと宙を飛び交うそれは、ホタルって言うそうだ。その姿はまるでライフストリームに還る光みたいで綺麗だ、と聞いたことがある。
つい今の今まで俺をそのホタルにしようとした奴が、逆にそうなってしまった。不思議な流れだと思う。思わず見惚れてしまいそうになりながら も、崖上から駆け付けたウータイの支援軍に向かって声を上げた。
「今ならまだ間に合うぜ!そせいマテリア、あるならな!」
*
「……大丈夫か」>
「お前こそ。真っ青だぞ、顔」>
こちらに構えた銃口を降ろして俺を気遣う声はいつもよりもほんの少し高く、精神が高ぶっているような気がした。全然大丈夫だ、と小さく返す声が上手く聞き取れない程騒々しい空気の中、駆け寄って来るヘルメットから見え隠れする金髪。その毛先が目に入った瞬間我に返った自分の感覚は、まだ死んでいない。そんな気がした。
顔を伝い落ちる名前も知らない奴の血液を腕でぬぐい取り、うっかりその場に転がしたまんまの剣を掴む。立ち上がらせようと俺の手を伸ばしたクラウドの手を逆に引きずり込み、その場にしゃがませた。
「なんで一般兵のお前が」
「……即時出撃の招集があったから、志願した」
「そっか」
寸分の狂いもなく、敵の額をぶち抜いたクラウドが深くため息をつく。掴んだ腕を離さないようにその場を移動し、瓦礫同志の積み重なったわずかな隙間に隠れる。
そんな場合じゃないことぐらいわかってはいるけれど、少しだけ言葉を交わすぐらいは許されたいと思った。
「共にこの戦争を終わらせようとする者は、って言われたんだ」
「それ、五日だか六日前に全く同じこと言われたぜ、俺」
――人手不足の赤紙招集ってやつだ。
そこまでの状況に追いやられているってわけ。
「で、なんで来たんだよ」
「……来たかったからに決まってるだろ」
「顔、真っ青だって言ってんの」
難しい顔のまま言葉を返す青色の目が揺れる。腹の奥に響く爆撃音、小刻みに鳴り響く短機関銃の走る声、攻撃マテリアが発動し、光っては消える。頭上に来ては去っていく攻撃機と、隠れている神羅兵をあぶりだそうとする偵察機。どれもこれも前時代的すぎる。人海戦術にも程がある。 全部全部神羅の最新鋭兵器に比べれば子どものおもちゃみたいなもんだ……ってのは、さすがにちょっと言い過ぎかもしれないけれど。
どちらにしたって押されている事には変わりない。一般兵を投入する程の状況だ。ソルジャーだけじゃあ手が足りない状況を、ヘイシャの奴らは把握してないのか。
「今更帰れないよ」
「帰りたい?」
「……帰らない」
悲壮な顔で俺を見返したクラウドの青色の瞳が揺れる。きっといつかこの目は色を変え、俺と同じになると確信した。俺もソルジャーになる。そう小さく続けた言葉には力があった。配給された一般兵用の銃が軋む。驚くほど殺傷能力の低いそれを抱えたクラウドは静かに立ち上がり、ポ ケットのマテリアを取り出した。
「回復」
「いらねえ、自分用にとっとけ」
胸元にその手を突き返す。そのまま背中に手をまわし、思いっきり抱き寄せた。
「クラウド、死ぬなよ」
「ああ、ザックスも」
強く抱き返されたクラウドの肌は布越しでも温かく、嗅ぎ慣れてしまった硝煙と土の匂いを掻き消すほど柔らかい。絶えず飛び交う戦闘機よりもずっとずっと鮮やかな乾いた声。小さいはずのその音が体の中に流れ込んでくる感覚に、狂いかけていた熱もゆっくりと冷めて行く。
「俺は死なねえよ」
「俺も」
ソルジャーになるんだ。そう言って笑う頭をぐりぐりかき乱し、敵中へ向かって駆け出した。
fin