一般兵を引きつれて任務先へ到着した頃には、もう随分人間の数が減っていた。
血濡れの手指が転がっていて、見るも無残だった。
神羅の制服を着た死体を直視する一般兵たちの表情が引きつっていることぐらい、すぐにわかる。
ヘルメット越しに生唾を飲んだ奴、2,3歩後ずさりして言葉を失う奴、支給された銃剣を握りしめて義憤にかられる奴。
めちゃくちゃ冷静に血の跡をたどる俺だって、さすがに脳内に浮かんだ惨劇の様子に少しだけテンションは下がった。
けれど、特に心が動くこともなかった。
そりゃあため息の1つぐらいは出たさ。
だけど、戦場なんてどこもこんなもんなんだ、きっと。
俺だって色々見てきたから、多少は見慣れてしまったかもしれないけど。
Please call me my name
「モンスター…ではないな」
「はい、ここいらのモンスターは火を使いませんから」
背後から返答をした一般兵に振り返って、黙って頷いた。
周りを見渡してみたが、血のニオイと建物が焼けた焦げ臭さで思わず鼻を手で触れた。あんまり長居したくないけれど、確認だけしてはい解散ってわけにもいかない。さてどうした物か。
「生存者は……いないだろ、こんなの…ん?」
ふと前方を見ると、焼け落ちた建物の向こう側に何かが消えていくのが見えた。ほんの一瞬、陰に隠れていく姿。服装までは未確認、周りにはほかに生存者がいないこの状況では、とりあえず追うしかないと判断。周りの兵士たちは足がすくんでいるやつも多そうだが、ここは任せておいてもいいだろうか。おそらく敵はほぼここを立ち 去っているだろう。
―――転がっている死体の山を片付けるだけの任務だなんて、聞いてはいなかったけれど。
「兵隊さん!周りに気を付けて、生きてる奴がいたら保護してやってくれ!」
背中の剣に手をかけて、いつでも構えられる態勢を作る。背筋を伸ばしてかかとを鳴らし、敬礼とともに返事をする兵隊さんに手を上げて、建物の向こうへと目を向けた。さっき見えた人影に向かってできる限りの速度で走り出す。背中の剣がカチカチと音を立て、ブーツのつま先がギュッと軋んだ。
息を吸い込んで、腹から声を出す。
「おい!誰かいるか!いるなら返事してくれ!誰か…うぉっとぉ!!」
瞬間、足元に走る一閃。直線に薙ぎ払われた刀身を寸出の差で飛のいて避け、剣に手をかける。スネのあたりを確実に斬りに来てやがる太刀筋の先を本能的に追ったものの、走り去る足音も何も、聞こえてはこなかった。
「っと…あー、焦った、急に来んなよ!!」
周囲への警戒を保ったまま、ゆっくりとあたりを見回す。かろうじて形を保っている建物も窓は全て割られていて、そこから無理やり中に入ると、さす がに目をそむけたくなるような光景ばかりだった。
「なんだよこれ…」
誰にともなしに口に出た言葉を慌てて飲み込んで振り返る。気配を感じた方向には、やはり何もなく。なんとなく建物の中に長居はしない方がいい気がしてもう一度外に出たとたん、街の入り口側から悲鳴と銃声が聞こえた。一般兵たちがおよそ30人、残党と交戦しているのだろうか。なんとなくこのあたりに後ろ髪を引かれるような気がしたけれど、パッと見る限りここにはもう何も残っていないし、さっきのやつも見当たらない。背中に剣を背負いなおして、来た道を戻ることにした。
なんとも言えない違和感と、この視界の惨さから逃げるわけじゃない。どことなく地に足がついていないようなもやもやした感情を振り切って、兵士たちの助太刀に行く ことにした。
交戦中なら殲滅。
事態を片づけて、一般兵全員を無事に神羅へ連れて帰るのが俺の役目だ。
「……は?」
―――全員、連れて帰る、予定だった。
「……お前の報告書を読んだが」
「……」
「言い訳を聞こうか」
俺が離散場所へ戻った時点で、そこにあったのはただの屍の山、山、山。地面に飛び散った血肉を土が吸い込んで、赤黒く変色していた。全員腹を掻っ捌かれてちぎり落されて、誰一人として俺の呼びかけに返答するやつがいなかった。そこら中に転がった神羅の兵士の象徴であるヘルメットが、風でぐらりと揺れる。
赤茶けた髪、黒い髪…金髪、なんだろうか。
全部全部血に塗れて、どれも同じ色に見えた。
「……言い訳なんかねえよ」
「ほう」
「鎮圧と出来るだけ兵士の生存、それが出来なかったのは俺の責任だ」
思い返せば、うかつだったのかもしれない。
まだ残敵がどれほどのものかもわからないまま、見えた人影を負って反射的にその場を離れてしまった。その結果がこれだ。自分は何一つとして任務指示の達成が出来な かった上に敵の首1つとることもできず、しかも自分の部下(って呼び方、俺大嫌いなんだけど)を全員。
何が起こったかさっぱり理解できなかった。行って戻っての間わずか10分足らずの間に、一般兵と言えど素人ではない兵士が30人、全員殺されてい た。
どういうことかわからないままぼんやり空を見上げて、携帯でとりあえずツォンに報告したのは覚えている。
ただ、何を話したのかは、あまり覚えていない。
「では、自分がしたことについてはどう弁明する?」
「は?俺は何も……」
「お前がその背負っている剣で殺した神羅兵は30人!その理由を説明しろ!!」
「だから!俺じゃねえって!」
殺された一般兵全員俺が使っている剣で殺されたって言われても、俺はその時あいつらと一緒に行動していないし、まかり間違ったってそんなことをする理由がない。何度そう説明してもツォンはこちらを睨みつけるばかりだった。
「悪いが、お前の言っている事を疑っているわけではない……だが」
「あーあー証拠がねえってんだろ!わかってるけど、こっちだってこの状況で無実の証明なんかしようがないだろ!」
眉間にしわを寄せたツォンが腕組みをしてこっちの顔をにらみつける。嘘なんてついてねえ、それをわかってもらいたくて、こっちからも目をそらすことはできなかった。
"これだからソルジャーは"
"ああ、人とはおよそ遠いところで生きている"
全く予想していなかった方向からの突き上げと言葉に、自分がやってしまったわけでもない罪に追い込まれる気がした。俺はそんなこと本当にやってな い。
だが証拠は出せない。
録画も録音もあるはずがないんだ。
まさか俺自身が知らない間にやったのか、と一瞬考えもしたが、やはり俺自身は見かけた人影を追いかけていたし、銃声を聞いて走った先でもう、そんな光景だったん だ。だから、絶対俺じゃない。
「ツォン!お前、さすがにわかるだろ!」
「……もちろんわかっている、が―――」
タークスを動かして調査中だが、事の真相がわかるまでは暫く拘留、だそうだ。
上の指示には抗えない、とはいえ数日の辛抱だから出来るだけおとなしくしてろ、と吐き捨てて部屋を出て行った。
ふざけんな。
俺自身の動きを見ていた奴は誰一人生存していないこの状況で、残虐行為をした俺を守る必要はいったいどこにある?身体的に拷問を受けている方がまだマシじゃないか。
「おい!ふざけんなって!俺じゃねえって言ってるだろ!!」
俺のやらかした事を調査中なら、俺自身も同行して説明させてくれとも頼んだけれど、望んだ返答は得られなかった。
「ったく、マジでムカつく……」
背中で拘束された両腕を捕まえられて、立ち上がらされる。そのまま前後左右を一般兵に囲まれた状態で、独房へと連れられた。正直、真っ白さわやかな会社だとは微塵も思っていなかったけれど、独房なんて物が存在してるとは、さすがに思ってなかった。
「ここで暫く大人しく…していて、ください」
「あーはいはい、ご苦労様なこった!」
拘束を解かれて、丁寧に檻の扉をくぐらされた。背中にケリの一発でも入れられる覚悟はしていたが、腐ってもソルジャー・2ndに対する敬意だけは払ってもらえたら しい。
1日3度の食事と2日に1回の風呂。それだけは確定している。最低限の生活は担保して貰えてはいるけれど、それ以外にすることが全くない倦怠感にさすがの俺もため息をつくしかなかった。冷静に考えて事態を整理しようと何度も思ったけれど、本当に思い当たることがなさすぎる。檻の向こう側にある時計はまだ30分しかたってはいなかったし、正直、退屈でどうしようもなかった。
暇つぶしにスクワットでもしてやろうかと立ち上がった瞬間、見張り番の一般兵がこちらを睨みつけた。明らかに敵意と、ほんの少しの怯えを孕んでい る事に気づいてしまい、なんとなくそれもしにくくなってしまった。
「ちょっと、そこの兵隊さん」
「……」
「なんか暇つぶしない?漫画とかでもいいんだけど」
「……」
はぁ、つれないねえ。
こっちに体を向けて微動だにせず銃剣を構えている。冷たいコンクリートの床から上がってくる冷気に足の裏が痛い。どこかから水の滴り落ちる音がして、相変わらず見張り番は動かない。この状態が俺を守る為でもある、とツォンは言ったけれど、こんな守り方されるぐらいなら、無実の罪で殺された方がマシってもんだ。
こんなせせこましい所に詰め込まれて、連絡手段も着替えも―――大事な武器も。
すべて取り上げられた状態で、いつまでそれを続けろっていうんだ。
「兵隊さんさ、ちょっとここから俺、出してくんない?」
「……」
ま、はい、いいですよ!って言うわけがないよな。
溜息を一つついて、仕方なしに寝てしまうことにした。
翌日。
見張り番の交代口上をボーっと眺めていると、ああ、俺にもこんな時期があったなあ、と思い返してしまった。こちらに目もくれずにその場を立ち去ろうとする昨日の門 番に、返事がないことはわかっていながらも声をかけてしまう。
「お疲れさーん」
交代した門番は、兵士にしては少しだけ小柄なやつだった。ヘルメットをかぶっているから顔はもちろんわからない。顔を知ってる奴だったらもしかしてと思ったけれ ど、朝イチから心が折れるようなことはしたくなくて、じっと観察することにする。
「…食事だ。」
「おー、サンキュ!」
両手でしっかり抱えた皿をつきだしてくる。それはまるで"これが今の自分の任務だ"と言わんばかりにカクついた、生真面目な動きだった。からかったら面白そうなやつだなと思ったけれど、まあどうせガン無視キメちゃってくれるだろうから、何も話しかけることはしなかった。
寝ころんで脚を組んで口笛を吹いたり、事情聴取と称してやってきた先輩方には檻に入れられた子犬だなんだといじられたり、割と退屈してはいない… つもりだったけれど、やっぱり体を動かしていられないのは退屈であることに変わりはない。
「なあ、兵隊さん」
何か、わかったことってあるか。
俺がどうして今ここに入れられてるか、聞いてるんだろ?
お前は先日の任務には参加していなかったんだよな?
何か、心当たりのあるようなことはないか。
背中で手を組んで立ち尽くしている見張り番に声をかけた。別に自分を偽っているつもりもなければ、暇つぶしに声をかけたわけでもない。ただ、自分自身がこんな状況に置かれている事が納得できないだけだ。何もできないまま、状況も把握できないまま仲間全員を死なせてしまった上に、無実の罪で収監されるだなんて、やってられるか。
―――もちろん、証拠をすぐに出せないことも含めて、だけど。
見張り番はほんの少しだけ左右を確認して、こちらに背中を向けたまま、小さな声を上げた。
「傷口の解析は進んでいるようです、ただ、あなたの責任ではない確証がまだ得られていない」
「そうか」
「ただ……」
数秒の沈黙。
「俺は、あんたが犯人ではないと思ってる」
相変わらず当たりを気にしながらの、気を張った会話。
「…なんでそう思うんだ」
「だって…ソルジャーなのに」
檻から離れたところから言葉を投げかける兵士の目線はもちろん読み取れず、言葉の抑揚でしか判断は出来なかったけれど、悪意を感じ取ることは出来なかった。こっちを信用しているそぶりは見せてはいるけれど、俺が相手を信用していいのかどうか。多少なりとも俺の所業を聞かされてはいるだろう、易々とこちらに話しかけてこられたら、それはそれでちょっと。
「俺、ソルジャーに憧れてここに来たんだ」
「へぇ」
「だから、ソルジャーがそんな事するなんて、絶対ないと思う」
携帯している銃を握りしめて言い切った。根拠としてはだいぶ薄い気はしたが、そう言ってもらえるだけで当然、悪い気もしなかった。それ以外に特に話すことはなかったけれど、昨日ほどの居心地の悪さは感じなかっただけ、マシだったのかもしれない。
暫くして、カツカツとなる足音とともにツォンとレノ、ルードが現れる。現時点でわかったことはまだないけれど、傷口から微量の魔法反応があったようだ。当然俺の武器に追加効果のあるマテリアはつけていなかったし、無実の証拠はもうすぐつかめるだろう、との事だった。
「それにしても暇そうだな、と」
「ったりまえだろ!こんな狭い場所に2日も3日も入ってられねえよ」
「もう少しの辛抱だ、お前の名誉を回復する機会は必ず来る」
明らかな気休めの言葉。そりゃあ、気は確かに楽になったけれど、それとこのイライラが収まるかは、また別の話。会話をした一般兵にも一応確認を取ってから、ひたすら飯の時間まで、スクワットをし続けた。時々小さく数字を呟く声が聞こえて、ああ、回数数えてくれてんのかと内心嬉しくなったけれど、説明のつかない違和感は、100回を超えてもまだ完全に払しょくできなかった。
三日目。
見張り交代の時間になっても相手が現れなかった。おかしいな、と会話していると、ほどなくしてバタバタと走り寄ってくる人影。なんでも、今日の当番予定だった奴が体調不良を起こしたそうで。情報の行き違いから代わりのものに声がかかっていなかったらしく。息を切らしながら交代のやり取りをするところを、黙って見ていた。
「では、俺はこれで」
「あー、お疲れさん。新しい兵隊さん…あ、お前か」
「……」
すっかり息を整えて壁際に立った奴は、一昨日と同じ奴だった。話しかけても何をしても無表情で、返事一つもしないやつ。ああまた面白みがないな、とため息をついて、その場にぺたんと座り込んだ。口を真一文字に結んだまま微動だにしない。スッと伸びた姿勢は綺麗ではあったけれど、俺よりは背が低い。昨日のやつと同じか、そ れより少し…。
「お前、歳いくつ?」
「……」
「なあ、返事ぐらいしてくれよ、暇なんだよ」
「……本当に…のか」
「え?」
お前じゃないのか、と口を開いた。
はぁ、返事してくれたと思ったらそれかよ。ハナから疑ってる側の言葉はとげとげしく、穏やかだった俺の心をまたざわつかせる。しかも一応ソル ジャー様に対してお前だって?なかなかいい根性してるじゃねえか。
「俺だったら」
そうだな。傷口に魔法反応があったって聞いたから…そんなことはしない。殲滅するなら速さを重視するだろうか。魔法なんざまどろっこしい。発動を待ってる間に3人はやれる。出来るだけ腹のあたりを狙って一発で死ぬように。一人一人に時間なんざかけていられないからな。
すらすらと答えていくうちに、自分の中の兵士としての感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。生き死にのかかった場所で、どんな殺し方をしようか考えるほど時間の 無駄なことはない。口を開く前に塞ぐ。トリガーを引く前にその指を撥ねる。それだけの事がなんでみんな出来ないんだ。相手より一歩早く動いて、倒す、または――― 殺す。出来るだけそれはしないようにはしているけれど、そうも言ってられない時は、当然。
「もっと早く、って事か」
「…まあ…で、これ、何が言いたいんだよ」
「……」
瞬間、バタバタとの足音がこちらへ向かってきた。慌てて姿勢を正す兵士。何が言いたかったのかわからないまま、目の前に現れたツォンに敬礼する兵士。
「釈放だ、よかったな」
「何だよ突然」
なんでそんなに慌てているんだ。
お前が息を切らすなんて珍しいな。
ツォンが言うには、真相が分かったらしい。犯人は一般兵で、今日の見張り番をさぼったやつだった。神羅との関係が拗れる随分前にウータイから志願兵として入隊したやつで、ウータイ固有の術を使って俺の武器を作り上げ、それで一般兵を全員斬殺したらしい。肉体強化、武器生成、それから、現地任務中の一般兵を全員殺して、その あと俺の帯同だった奴らまで皆殺しにした。
神羅とウータイの関係が悪化してはいたけれど、志願兵としての入隊基準は恐ろしく厳しい。故郷は捨てた、とまで吐いていたそいつの内面が最初から憎悪でできていたのか、だんだん変化していったのかはわからないけれど、俺に無実の罪を着せて、新羅兵を30人以上殺戮し、さっき言ったけど、俺に無実の罪を着せた罪は。マジで。 ああ。
「……絶対許さねえ」
「任務だ、ソルジャー2nd、ザックス。」
「おう!」
俺の大事な武器と防具、着替え一式を差出す。
「敵を生きたまま捕獲しろ。聞きたいことは山ほどある、殺すなよ。」
鬱憤もたまっているだろう、やりすぎない程度に暴れてこい。そう言って背を向けるツォンに、お前も来いよと叫んだ。
手渡された武器を手に取る感覚。
腹の底から湧き上がった戦意と怒りが混ざり合って、視界が広がる感覚。
今から向かう世界を見据えた脳内と、そこを自分が駆け巡る感覚。
ああこれだ、俺が今生きてる理由。
「…よし、いくぜ!!」
* * *
すごい速さで走り去る背中を追いかけるのに必死だった。全力でついていったつもりだったけれど、暴風みたいに走り去るその姿は、角を1つ曲がった ところで完全に見えなくなってしまった。
ソルジャーの戦い。
速さ、力、思考、全てにおいて一般兵の自分を上回るなんてもちろん知ってはいたけれど、いざ目の当たりにするたびに改めて思い知らされることになる。
3つ目の角を曲がった瞬間、ソルジャー・ザックスが立ち止まっていた。
「……あれ、追われてると思ったらお前?一緒に来んの?」
すでに息切れしてる自分に対して、顔色一つ変えずに笑うザックスに、半ばムキになって返事をする。
「…あんたが、一緒に、来いって…言ったんだろ……」
一瞬目を丸くした後、大声で天井を見上げて笑い出した。何がおかしいんだよと言いかけて、さっきの言葉は俺に言ったのではなかったと気づいた瞬間、顔が赤くなっ た。
ツォンさんは特に俺に対する指示を出さなかった。早くいけと言葉だけは交わした。
もしかしたら、最初からその会話の中に俺は入っていなかったのかもしれない。
だけど俺だって神羅の兵士だ、一緒に行って戦ったって、おかしくないじゃないか。
「お、俺も……行きます!」
「いいぜ!頼もしいな!一緒に戦ってくれ!!」
必死に追いかけて追いかけて、追いついた瞬間の光景。
晴れやかな顔で、戦場になってしまった市街を駆け巡るソルジャー。
その口元はうっすら笑っていて、それはまるで俺に戦い方を教えてくれるようだった。いつかどこかで見たゲームの主人公が使っているみたいな剣を振り回す姿に、警戒を忘れて思わず魅入った。
敵の動きはウータイの戦士特有、クルクルと舞うような動きで刃物を投げ、間髪入れずに逆の手から魔法を繰り出す。
相手を小ばかにしたような声を上げたザックスは飛び刃を避けて、弾いて、左足を大きくグッと踏み込んだ勢いで、敵の鼻先一寸、そのまま剣を振りぬいた。
「っしゃあ!いっちょ上がり!!」
俺が何かするにはあまりにも短すぎる、鮮やかな時間だった。
ソルジャー2nd、ザックス・フェア。
名前は知っていたけれど、ようやく、その顔と姿が繋がった。
「……こちらザックス、敵の捕獲完了」
ああ、このまま待機してるぜ。
俺になすりつけやがった罪は全部吐き出すまで絶対逃がすなよ。
軽口をたたく足元で、逃げようと暴れ続ける罪人を一緒に押さえつけた。
犯人は、昨日ザックスの前でやれ"ソルジャーの誇り"だの"憧れ"だのを語っていた奴も共犯だと吐いた。それらしい顔をして、わかったようにソルジャーとは何たる かを語った、ウータイ出身の志願兵。
「俺の違和感、間違っていなかったんだな。当たり前だろ、ソルジャーがお前みたいなこと、するわけがないんだよ」
凍り付きそうなほど冷たい目で犯人を見下ろすザックスの青い目に、俺自身の体も凍り付きそうだった。数秒そのままかと思いきやフッと表情を崩し、こちらに視線を向ける。
「どう?どう?俺かっこよかっただろ?」
「……まあ」
「なんで!?そこは素直に感動してくれていいんだぞ?お前、名前は……と、悪い、タークスが来たぜ」
緩く手を振って寄ってくるタークスに犯人を引き渡す。そのままなし崩しにその場は解散になって、聞かれた名前を伝えることはないまま、事態はひと まず収束になっ た。
―――数か月後
気持ち悪い。揺れる。気持ち悪い。吐きそう。喉元からせりあがってくる言葉と何かを無理やり何度も何度も飲み込んだ。轟音を立てて空を走り抜けるヘリの隅っこで死にそうになってる俺と、そんな事はお構いなしにカラカラと笑い声をあげるザックス。一緒の任務になったとわかった瞬間、あの時の晴れやかな表情を思い出して、また吐きそうになっていた。
ほどなくしてモンスターの襲撃で墜落し、放り出された雪山の冷たさに、さっきまでの辛さが溶けていく感覚。指先から、皮膚感覚を侵す冷たさに目を開ける。
俺、この感覚を知ってる。
故郷の風景と、一緒だ。
ゆっくり起き上がると、何事もなかったかのような顔で立つザックスと、ヘルメット越しに目が合った。目的地だったモデオヘイムに向かってザクザクと歩き出すソルジャーは、以前見た時よりも少し体が大きくなっているような気がする。平気な顔をして歩くザックスに後れを取りたくないと必死で歩いてみると、案外、辛くもなくて 少し嬉しくなった。
ゆっくりとこっちを振り返って、にこやかに笑う。
「お前、なかなかやるな」
俺だって、この数か月何もしていなかったわけじゃない。あの戦いぶりを見たんだ。憧れたセフィロスとは全く違う、豪快な剣裁き。大きく踏み込んだ 地面がそこから崩れ落ちそうなほどの強い意志と、その気が宿った足元。
どれ一つ、忘れることなんてなかった。
「魔晄炉があるところは大抵、ほかにはなにもない!」
あの時にはこんなこと、思いもよらなかった。
お互いの出身地をバカにして笑えることが、こんなにも嬉しい。
「喜べツォン!俺と―――」
"お前、名前は?"
数か月前に答えられなかったままの質問に、ようやく答えることができる。
あの時は見せられなかった自分の顔も、ちゃんと見せられるだろうか。
ずっとその機会を待っていた。俺は何度も宙に浮かぶようにザックスの名前を口から出していた。だけどその間、俺の名前はきっと呼んではもらえなかったんだ。
それももう、終わり。
やっと、自分の名前を伝えられる時が来た。
ヘルメットを外すと、それだけで凍り付いてしまいそうな冷たい風に耳を刺された。どうしてだろう、今はそれすらも心地良い。これから不穏な動きを 見せる村への潜入 が待っているのはわかっているけれど、今、ほんの少しだけなら、笑っていたって許されるだろうか。
やっと、やっと伝えられる。
"お前、名前は?"
初めてじゃないけれど、初めまして、サー。
俺の名は―――
「―――クラウド。」
一瞬、目を見開いたザックスの口の端がキュッと上がる。
自分の中でこみあげる感情を抑えることを、放棄した。
fin