ひみつのしかえし
アイシクルロッジに宿をとった。別に雪遊びがしたかったわけではないけれど、一面の雪景色を任務外の感覚で味わってみたかったからだ。
ちょうどクリスマスも目の前に迫っているけれど、わざわざお祝いをする程俺たちの間に信仰心なんてものもない。だからこそ浮かれた街からちょっと離れてみるのもアリかもな、なんて話が盛り上がったってわけ。降りしきる吹雪を覚悟しての重装備で挑んだ雪山は、意に反して晴天で俺たち二人を迎え入れてくれた。
ひみつのしかえし
「すげー、本当に真っ白だ」
「ああ、プライベートで来るとまた感覚が違う」
雪と太陽に反射するクラウドの髪が眩しいほどに光り、思わず片目を閉じる。開いた方の目はその金色の先を捉えたまま、無意味に沸き上がる高揚感が脳から手足に伝わった。
「うおーっ!!」
「わっ」
クラウドの後頭部をひっつかんでそのまま前に勢いよく押し倒す。不意を突かれた細い筋肉質の体は、俺にされるがま ま、積もりたての雪に倒れこむ。一緒になって隣にダイブした俺の皮膚中にも冷たい白が突き刺さり、意味もなく大声をあげて笑う。
単純に楽しい。
ただそれだけ。
何するんだ、と声を荒げたクラウドの眉尻は下がり、口角は緩く上向きにカーブを描いている。もこもこのダウンコートと温熱効果のある手袋を投げ捨てて、ひたすらその場に転げまわった。冷たい冷たいとわかりきった言葉を何度も空中に放り投げて、大の字になって空を見上げられることが気持ちいい。鼻先をかすめる風ですら、今なら何の苦にもならないような気がした。
「クラウド、チェックインぶぇっ」
「あははは、すごい顔」
完全に油断していた顔面に、雪玉が襲い掛かってきた。普段の俺ならスイッチが入ってるから難無く避けられたはずの、緩やかな威力に狙撃された。
「おま……やりやがったな」
「珍しいな、アンタがそんなに気を抜いているなんて」
鳩が豆鉄砲を食らった瞬間って、こんな感じなんだろうか。珍しく腹を抱えて笑うクラウドに向かって浮かんだ緩やかな悪意に突き動かされるまま、左手で手元の雪を掻き集める。できるだけ固くなく、そして柔らかすぎない完璧な硬度で生成した雪玉をそっと握りしめる。寒さで真っ赤になった鼻先を手で覆うクラウドに向かって、俺の左腕が唸りを上げる。
「完全に気が抜けてたわ……で、チェックインって何時だったっ、け!」
「あと15分ぐらいだな」
「いてっ、ノーモーションで投げてくるのやめろ!」
「二発だ。負ける気がしないな」
ニヤついたその一言に反射的に起き上がる。
あたり一面の雪景色が戦場にとって代わる瞬間だった。
弾ならいくらでもある、受けて立とうじゃないの。
掌いっぱいに抱え集めた白いふわふわを手中で握り固める。さっき投げ捨てた手袋を装備しなおす余裕を与えられないままに、素手で掴んだそれがゆるゆると熱に溶けていく。反比例するように冷えていく自分の皮膚感覚に勝利の予感しかなかった。おそらくクラウドも向こうで武器確保に勤しんでいるだろうけれど、向こうの速度を上回る勢いで準備が完了すれば、制圧はほぼ約束されるはずだ。
――ソルジャーの本気、見せてやるぜ。
左右の両手に各三つずつ乗せた雪玉を落とさないように、木の後ろに隠れて様子を見る。クラウドの姿は見えず、日にあぶりだされる影も見当たらない。最低限の身の隠し方は覚えているらしいけど、残念ながら足跡を隠すまでの時間はなかったんだな。
左の木の方に向かって伸びたその軌跡に視線を定めた。おそらく敵はあの木の向こう。俺の動向を探りたいだろうけれど、顔を出した瞬間に命中させてやると心に決めた。
「……動かねえな」
微動だにしないクラウドを見張り続けて数十秒が立ち、耐えきれなくなった俺は右手を振りかぶる。空気を切り裂くように振り切った手のひらから放たれた雪玉は、目標通りの木に命中。鈍い音を立てて一瞬揺れた小枝や葉から揺れ落ちた雪の塊が、ぼとぼとと音を立てて地面に落下する。
その瞬間、かすかに聞こえたクラウドの声に殺気を感じて空を見上げた。
「……へ?」
俺の目に入ってきた大きな氷塊に、今日一番の間抜け声を出す。落下の瞬間に全力で右によける。氷の塊が轟音を立てて落下した衝撃で、周りの木々から全ての雪が降り注いだ。俺はと言えばばっちりその雪に埋められてしまい、首から上だけが辛うじて空気に触れているだけ。
「っあー!!くそ!」
こうなってしまえば素直に降参するしかない。もがいて何とか掘り出した両手を頭上に掲げ、白旗の合図を送る。木の向こうからひょっこり顔を出した クラウドが勝ち誇ったような笑みで歩み寄ってきた。
「俺の勝ちだな」
頭の上にちょこんと乗せられたチョコボだるまを見て、満足そうに腕組みで笑う。
「……さすがにブリザドは反則だと思うんだけど」
「そんなルールはない」
「常識だろ!?」
体についた雪を適当に払ったクラウドが放り出されたままの荷物を持ち上げる。体を引き抜いて時計に目をやると、チェックイン時間を五分ほど過ぎたあたりだった。ちょうどいい時間つぶしになったな、と振り返らずにのうのうと語るクラウドに、あとで絶対しかえしをすると決めた。
*
「はー、あったかい部屋って最高だな」
「ああ、ありがたい」
案内されたロッジにはすでに暖房が入れられていて、部屋に入ったとたんに暖かな空気が俺たちを迎え入れてくれる。首から下が完全に雪に埋もれていた俺には天国のようだった。赤を基調としたキリムラグに合わせたソファはふかふかで、窓にかかるカーテンは目に優しい淡いグリーン。賑やかなようでいて、ラグの模様と合わせた色がバランスよく配置されていた。それが、なんだか妙にオシャレすぎて少し気恥ずかしかった。
とはいえ、自分たちでここがいいと決めた部屋だ。文句の付けようなんて、一つもない。
今回は素泊まり食事なしの貧乏旅行だ。別に金がないとかそういうわけでもないけれど、ただなんとなくフラっと立ち寄るなら、食事だって適当で良いよな、と二人で決めた。部屋備え付けのポットに湯を沸かし、インスタント麺のパッケージにそれを注ぐ。三分待てば出来上がるお手軽簡単ディナーで満足できるのも、ある意味では幸せな事だと思う。
「うめー」
「うん、うまい」
ずるずるとフォークで麵をすするクラウドの鼻先は赤く、咀嚼して飲み込むたびに一つ鼻をすする。冷え切った体の奥に届く熱が、指先へと広がっていく。贅沢とかしなくたって、これで十分だ。
ふと窓の外を見ると、すっかり日が暮れていた。バサリと音を立てて、屋根の雪が落ちる。窓の下半分が雪に埋まり、曇ったガラスで外の風景がぼやけていた。点々と灯る各ロッジの入り口のランプが淡く光る。人通りがほとんどない宿泊棟、おそらくそれぞれの部屋でゆっくりと過ごしているんだろう。昼間はあんなに晴れていたのに、気が付けば雪が降り始めていた。
「この雪は、積もりそうだな」
「そうなの?」
「ああ」
雪を見慣れているクラウドは、雪質だけで大体判断が付く、と小さく呟いた。とたん、また大きな音を立てて雪が降り落ちる。窓の三分の二が雪で埋ま り、向こう側がほぼ見えなくなった。
(さっきのしかえし、したいな)
ふと思い立ち、窓の縁に手を置いたまま向こう側を黙って見上げるクラウドの背後から、そっと腹に手を回した。身じろぎでそれをやんわり拒否する腕ごと強く抱きしめる。暖かい室内でボタンシャツにニットカーディガンを羽織っているだけの薄い皮膚に触れたくなり、己の本能に従うことにした。欲望に対して従順な俺の指先を、そっと握って制止するその手は冷たく、昼間に触れた雪の事を思い出させる。それでもじっとそうしていると、じわじわと暖かさが伝わって来る。生身の人間の皮膚に触れる、一番心地いい理由だ。
「クラーウド、なあ」
「……するならベッドへ行く」
"すること"そのものについては否定しないところが好きだと思った。
誘えば受け入れる。差し出せば舌を這わせる。欲しがれば与えてくれる。ただそれだけの事でいつも心の海底は穏やかなまま、揺らいでいる。それが自然だと思い込みそうになる事もあるけれど、決してそんな訳でもない事は承知の上で。
――だけど、それはそれ、これはこれ。
「ここじゃダメ?」
「……外に丸聞こえだろ、見えたらどうする」
するりとシャツの裾から手を滑り込ませるとすぐに触れることができる肌は熱く、それだけで否定される事はないと確信を得た。窓の上部だけに映る外の雪は勢いを増していて、吹雪と言ってもおかしくない程視界は完全に白に染まってしまっている。それだけでこのまま触れ続けても許されるような気がした。
窓に手を置いたままこちらを振り返ったクラウドの唇を塞ぎ、舌先を捻じ込んだ。逃げようとする後頭部に手をまわして抑え込み、口内を蹂躙する。唾液の混ざり合う水音が耳に響くように金髪の両耳を手で塞ぐと、同じように俺の耳を覆った冷たい手が心地よかった。
逃げようとする口元を追い上げてやると、それに必死に答えようと伸ばしてくる舌が愛しい。もっと受け入れられたくて、ついつい両手に力が入ってし まう。クラウドのよれた足元が一方後ろへと後ずさりした瞬間、曇り窓にその背中が押し付けられた。
「つめたっ、おい、ザックス!」
「ふ、あっ」
「はは、ピンピンだ」
「言うな……っ」
お前がこんな風にしたんだろ、と振り返る唇に噛みついて、貪るようにかき乱す。クラウドの尻に己の下半身を押し付けると、抵抗もなくくねらせる。 完全に息の上がったクラウドが苦しそうに顔を逸らすのを許さないまま、両手で頬を包み込んだ。
「っふぁ、はぁっ、ザックス、もう……っ」
「……どうしてほしい?」
「さ、触って……」
どこに?と聞くと、黙って手をつかむ。
そのまま、固くなった部分に誘導する。
口に出しては伝えてくれないもどかしさと、それでも欲しいとねだるわがままなクラウドに従うように、ゆっくりと腰を下ろした。
「脱いで」
「ん……」
素直に従って、ボタンを外してズボンを下ろす姿をじっと見詰めている。おずおずと下着を下ろした瞬間、苦しそうに膨張したクラウドのものがバチンと腹に反り返った。透明な液体が零れ落ちる瞬間に下で受け止める。チュ、と音を立てて啜ると、とろりと伸びて床に落ちる。舌全体で撫で上げてビク ビクと震える先端を口に含み、これ見よがしに顔を上げてみると、泣き出しそうな顔で声を抑えるクラウドと目が合った。 じゅる、と音を立てるときつく目を閉じる。
そのまま上下に動かすと、手の甲を強く嚙んで耐える。
嚙み千切ってしまいそうなほどに耐えるその仕草に手を伸ばし、歯型のついた手をそっと掴んだ。
「あ、ぅ……っん、んんっ」
「がまんすんなって」
もっと気持ちよくなっていい、このままいっぱい出してみて。
口で伝えることが出来ずに、掴んだ手を口元に這わせるように誘導する。やわやわと掴んだクラウドの指が、自分自身をゆるゆると擦り始めた。
「は、あぁっ、あ……っ」
「じょーず」
「イヤだ、あぅ、ん、っあぁぁっ」
嫌だと繰り返しながらもその手を止めないクラウドに支配されているのは、俺自身だって同じだ。降りやまない雪をぼんやりと移す窓辺で痴態を見せる 白い肌に魅入られて、抑えが利かなくなってくる。飲み込み切れなかった唾液とクラウドの先走りが伝う後孔にすりすりと指を沿わせると、一瞬縮まっ て抵抗した後、すぐに力を抜いて受け入れてくれる。
狭い入口にあてがった指が飲み込まれていく。クラウドが太い、と時々呟く中指が簡単に飲みまれた。数回動かしただけで内側の肉が熱くとろけ始める。ゆっくり二本目を増やし、中で折り曲げる。ビクン、と大きく震えたクラウドの膝ががくがくと震え始める。
「ここ、気持ちいい?」
「ひぁうっ、あ、ああっ」
「ん、ここ好きだもんな」
時間をかけて何度も行き来した内壁は素直に俺を受け入れる。自分自身の中心にある固い部分の熱は上がりきってしまっていて、今すぐにでも打ち付け てしまいたい欲望にかられた。たぶん、入ると思う。けれど、まだだ。
今日は泣かせたい、しかえししてやりたいって決めてるから。
もうちょっと頑張ろうな、と膝を撫でると、両足にグッと力を入れなおした。薬指をゆっくり挿入すると、ぐぷりと音を立てて飲み込まれた。関節の引っ掛かりをぐい、と押し込むと、その度にクラウドの口元から降り注ぐ嬌声が心地いい。
「もうちょっとで三本だ」
「く、くるし、や、入らな……っあ、あぁぁっ」
いやだいやだと否定する言葉を聞き流し、半ば無理やり押し込んだ。その瞬間にひときわ大声を上げるクラウドの様子に自然と笑みがこぼれている。薬指の根元に引っかかるお揃いの指輪を外しそびれていたことに気が付いたけれど、今更だな、と思いなおす。
「奥、当たる?」
「あ、あたっ、やだ、指輪、あっ」
「ん、こっちか。引っかかって気持ちいい?」
「や、あぁぁぁっ」
ぐりぐりと出し入れをする。口元のクラウド自身からとろとろと滴り落ちる透明を啜り上げた。震える足が限界を伝えてくれる。わざとらしく音を立てかき回す指を一気に引き抜き、だらしなく開いた唇に舌を捻じ込んだ。
「んんっ、んーっ……うぁ……っ」
「まずそうな顔すんなよー」
「な、殴るぞ」
「いいからいいから、で、どうする?」
入れる?まだ我慢する?
耳元で囁くと、俯いて蚊の鳴くような声で、欲しい、と返される。じゃあ向こう向いて、と窓の方へと促した。曇ったガラスの一部が、クラウドの体温 で溶けてぽつぽつと水滴を落とす。窓の向こうに体ごと向かせ、そのまま後ろから自分自身を当てがった。不安そうにこちらに顔を向けるクラウドにできる限り優しく微笑み返したつもりだけど、実際はどんな顔をしているんだろう。
――たぶん、それなりにひどい顔をしてると思う。
とろとろにほぐれたそこは、難なく俺を受け入れる。熱い肉の壁が俺を迎え入れて、ゆっくりと動かすだけで込み上げる快感に思わずため息が漏れた。 きゅ、と締め付けられた圧迫感に征服欲が満たされる瞬間、クラウドの指先が窓を滑らせた。
「うん、もっと声聞かせて」
「や、だ、外、聞こえ、こんな、ああっ!」
「いいじゃない、聞こえたって」
「は、ああっ、あぅ、やめ、やだ……っ」
否定するクラウドの言葉を一つずつ拾い上げられるような余裕はなくなった。ゆっくり楽しもう、たくさん重ねよう。最初はそう思っていたはずだっ た。けれど、クラウドと繋がったらいつもこうだ。余裕のないクラウドの顔を見て楽しんでいたいと思っていたはずだけど、結局自分自身に抑えが利かなくなって、夢中で体内を穿ってしまう。
雪は振動を吸い取る。音を飲み込んでしまう。多角の結晶一つ一つが、俺とクラウドの密やかな行為を誰にも知られないようにしてくれるという安心感。昼間に敗北を喫したこと。ニヤついたクラウドに腹が立ったけれど、同じぐらい愛しくて仕方なかったこと。
だけど、お遊びだって真剣だ。勝ちは勝ち、負けは負け。
こんな形でしかしかえしできない事が悔しいけれど、愛しさの証左だってわかってくれるだろうか。
「ああっ、ざ、くす……や、あああああっ!!」
どくどくと入り口が収縮した瞬間、一番奥に強く打ち付ける。いつもクラウドが自分の欲望を吐き出す瞬間に息を止めて体を痙攣させると同時に、俺自身も同じように呼吸をやめるクセが付いた。数秒ののち、深く息を吐いたクラウドの足元に、白濁がぱたぱたと零れ落ちた。
「大きい声、出たじゃない」
「うるさい、こんなの、反則だ……っ」
「そんなルールはない、だろ?」
「……っ!!」
俺の意図にようやく気付いたクラウドが顔を真っ赤にし、何か言いたそうに口を開けたまま固まってしまう。何か言葉を重ねられる前に、追撃するべきだと思った。
「俺まだだから、もうちょっと付き合って」
内心のずる賢い自分の思考を読まれる前に髪を撫でてキスすると、観念したように息を整えてから、もう一つ大きくため息をつく。体ごとこちらに向け て一歩歩み寄られた。
「何度だって付き合ってやる。でも」
「ん」
「続きはベッドでしたい」
ドアの向こう側を指さし、寝室へと促された。二つ返事で床に落ちたカーディガンを拾い上げて背中にかぶせてやると、小さく息を吐いたクラウドが腰に手をまわし、ゆっくりとベッドへ足を向ける。
夜はまだまだ長く、雪だってすぐに止む気配はない。
誰も知らない俺とクラウドだけの秘密の時間は、まだまだ続く。
fin