いつもと変わらないような顔で依頼先までの地図を眺めるクラウドを後ろからじっと眺めていた。大きくなったな、なんて言ったら、子ども扱いしすぎだって怒るかな?だって、初めて出会ったときに比べたら、随分大きくなったじゃない。心の中であれやこやと一人で話しつくしてから、現実に声を出す。
「なあクラウド、今晩どーする?」
「ああ、ティファの店で済まそう」
こっちを一切振り返らずの生返事。
自分の誕生日って、もーちょっと浮かれたりしないかな。
ま、そこがクラウドらしくていいんだけど。
Another Morninng
近頃は依頼が立て込んでいて、朝と晩以外にゆっくり顔を合わせる時間もない。昨日もマンホールの奥のモンスター退治を頼まれて、いざ行ってみたら大型ネズミの鳴き声が反響していただけだった。その前は何だっけ、近所のおっさんが調子に乗ってミドガルズオルムを丸ごと一本買いして捌こうとして、刃が通らなくて呼ばれた。まさかこんな事に大事なバスタ―ソードを使うことになるとは思ってもなかったな。
文字通りの何でも屋経営、なかなか楽じゃないぜ。
「配達依頼の荷物、取りに行ってくる」
「うん、気を付けて……っこら!」
頬に触れるだけのキスをして、愛の言葉をささやいたら怒られた。普段やらない事をやるな、と(すごく柔らかいけど)声を荒げるクラウドに適当に謝って、部屋のドアを開ける。
8月11日、快晴。
最高じゃないの。
バイクを少し走らせて、荷卸し場に到着する。郵便システムが存在しない街へ持っていくだけの簡単な仕事。小銭稼ぎをするにはちょうどいいけれど、モノが多いとちょっと疲れることもある。不在の再配達だったり、俺のせいじゃないのに文句言われたりとか、時々あってさ。それでも基本的には俺の営業スマイルで全部片付くんだけど。
本当なら、こっちをクラウドにやってほしいんだけど。
あいつ、やたらと遠い所へ行きたがる。
「っあー!腹減った!」
適当に木陰に腰を下ろして、携帯電話を開ける。
着信、なし。
メール、あり。
指先一つで開けゴマ。
珍しくクラウドからのそれに、嬉しいような焦ったような気持ちになった。
"帰ってきたら頼みたいことがある"
「……それだけ!?」
もうちょっとこう、お疲れとか、メシ食ったか、とかあってもいいんじゃないのと思ったけれど、まあそれがクラウドだから許そう。めったにないクラウドからの頼み事なら、なんだって聞いてやろうじゃないの。 何が欲しいか聞いても少し困った顔をしてから、緩く笑って。
一緒にいてくれたらそれでいい、なんて。
いじらしい事しか言わない恋人の願い事なんて、いくらでも聞きたい。
*
「おかえり、ザックス」
先にシャワー浴びたからとタオルで髪をわしわし拭き上げるしぐさに、あのメールのことを聞いていいのかどうか悩んだけれど、きっと悪い頼みではないだろうと、口を開いた。
「メールのあれ、なに?」
「……を……たい」
「えっなんて!?」
声が小さすぎて聞き取れない。
眉間にしわをよせて、ぐい、とクラウドに近づくと、さっきの声とほとんど変わらないぐらいの声で、もう一度頼み事とやらを口に出す。
「……写真、を、撮ってほしいんだ」
ニブルヘイムからの小包が届いたそうだ。小さな紙の箱を差し出されて、中身をのぞく。写真立てが入っていて、かわいらしい封筒には手紙が入っている。差出人の名前を見る前に、なんとなく誰からのなんなのかは理解した。
「母さんが、送ってくれたんだ」
「へー、いいじゃない!撮ろう!飾ろう!」
「や、出来れば……」
流水で冷やされた野菜と、ジュノンから取り寄せた魚が並ぶ。前もってティファが準備していてくれた肉は丁度いい具合にローストされて、薄く切られて皿に並んでいた。壁には風船だなんだと賑やかな飾りつけがされていて、今日の主役は俺じゃないのに、なんか嬉しくなってきた。
「いいねえこういうの、俺すげえ好き」
「おめでたい事だもんね!」
皿を運ぶエアリスの長い髪が揺れて、頭に浮かれた三角帽子を被らされたクラウドがテーブルのど真ん中に鎮座している。いつもなら無言で手伝おうとするクラウドの背中を押して、無理やり座らせたんだって。居心地悪そうにそわそわするクラウドの様子を見てるだけで、口の端が緩んでしまう。
「クラウド、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう!」
エアリスとティファの声をきっかけに乾杯して、賑やかな時間がすぎる。口数の少ないクラウドでさえも良く笑った。なかなかお目にかかれない笑顔がかわいくて、思わずテーブルの下で、小指と小指をからめる。キュ、と力の入ったクラウドの指先は温かかった。
「……みんなに頼みがあるんだ」
甘い酒でうっすら頬を赤くしたクラウドが口を開く。誰よりも先にその頼みごとを聞いていた俺の小指の先に、少し強く力が伝わる。そんなに改まって言わなくてもいいのになとは思ったけれど、なかなかない機会だし、誰だって断りなんてしないだろう。
「写真……みんなで、記念写真を撮りたい」
母さんからの手紙が来たんだ。
友達を大事にしなさい、って、写真立てをくれて。
だから、写真を撮りたい。
「……それで、母さんに、送りたい」
いいね、撮ろう。そう言って立ち上がったティファが、戸棚の奥からカメラを取り出してくる。誰ともなしに立ち上がって、少し離れて前に立つ。後ろに回ろうとしたクラウドに全員でつっこみをいれて、真ん中に立たせる。
「クラウド、怖い顔しないでよ!」
「そうよ、笑って!」
「わ、笑ってるよ……」
タイマーの使い方でひと悶着して、1枚目はシャッターを押して走るティファが間に合わず。
2枚目はクラウドが目を閉じる。
3枚目でようやく出来上がった記念写真はばっちりだった。
「いいじゃん!これ、送っちゃえよ!」
「……うん、そうするよ」
嬉しそうに写真を見てほほ笑むクラウドにとって、今日がいい一日だったら、それでもう完璧。
いそいそと送る準備をする恋人の目を盗んで、箱の底には俺からの手紙もこっそり敷き入れた。
クラウドの母さんへ、俺たちみんな、元気でやってるよ。
いつか会いに来て。
*
「今日はありがとう、ザックス」
「誕生日だろ?当然じゃない!」
いつ食べてもティファの飯はうまいな、なんて当たり障りのない会話をする。部屋のど真ん中に適当に置いたソファに並んで座って、少しだけ無言の時間。居心地は悪くなくて、心地いい。ゆっくり腰のあたりに手を回すと、くたりと体を預けてきた。
「……ザックス、もう一つ頼みがある」
「なんでしょう?」
「やっぱり、二人でも撮りたい」
ぱち、と開いた携帯電話のカメラモードが明るく光る。数秒の静止のあと、カシャリと音を立てた。無言で保存ボタンを押して、ぱたりと二つ折りにしてしまいこむ。その余韻のなさとか、待ち受けにしちゃおうとか、そういう事は全然言わないクラウドの頬は、まだ少しだけ赤かった。
「クラウド」
「ん?」
「誕生日、おめでとう」
すん、と鼻を鳴らして俯く。
小さく笑ってありがとう、と返された。
fin