嘘みたいに賑やかだったエッジの大通りも、今日はさすがに比較的穏やかだ。
どこかの国の文化と、どこかの誰かの伝聞が入り混じって始まったクリスマスというお祝い事。何度聞いてもピンと来なかった俺とクラウドは、言われるがまま中央広場に飾られた巨大なツリーの片づけを手伝わされていた。
装飾を1つ1つ取り外し、電線をくるくると巻いて片付ける。ぽいぽい放り落す俺に小言を言いながら、それらを一つずつ拾っては片づけるクラウド。足元でちょこまかと動き、脚立の上で作業する俺を見上げては落下する小物を視線で追い、拾っては袋に投げ入れる。一連の動きを見下ろして いるうちにふよふよと動く毛先が面白くなって、作業の手を止めてしまっていた。
「ザックス!手が止まってるぞ」
「あー、悪い、お前の毛先追うのが面白くてさ」
ついつい本音で返すと、眉間にしわを寄せて口を尖らせるチョコボがいる。さっさと片づけてご機嫌伺いに行きたいと思い直し、ツリーの一番高いところにある星の大飾りにせーので手を伸ばす。なんとなく気づいてはいたけれど、到底届かなかった。こんなの、どうやって取り付けたんだろう か。
せっせと片づける俺たちを、道行く人々はまるで興味もなさそうに通り過ぎて行く。だからと言って俺たちもそっちに気を取られるわけではないけ れど、街中の事をやってんだから、せめて一言ぐらい声をかけてくれたっていいのにな。
「終わりそうか」
「待って、あとあれだけ」
指先に居座る、手を伸ばしても届かなかった派手な星飾り。木の台座がしっかり固定されている事を確認して、片足をかける。一歩上がってしまえばあとは簡単で、するすると登り切った先にもう一度手を伸ばした。それと同時にざわざわと木の枝たちが揺れ始めて、俺の足場にしていた枝も激しく揺れ始めた。
「おわ、おい、クラウド揺らすな!」
「早く降りてこい」
「ダメだって落ちる、落ちるから!」
ぐらぐらと揺れる気にしがみついて、タイミングを見計らって飛び降りた。ばっちり着地を決めると同時に、歩いていた子供が手を叩く。ぱちぱちと賛辞を送ってくれる小さな観客に投げキッスをプレゼントしてからクラウドの方を見ると、なんとも言えない笑いを浮かべて、小さな足取りを見送っていた。
「お前、わざとやっただろ」
「無様に落下するあんたを見たかったんだけどな」
「言ってくれるねえ」
顔を見合わせてにらみ合った後、少しだけ笑う。
きっと昨晩は、街中がこんな風に笑っていたんだろう。ビカビカと派手に光る電飾と、あちらこちらから鳴り響くグロッケンシュピールの音。ごちゃごちゃ混じり合わさってしまったばっかりに、本来美しいはずのその音色が不協和音に成り下がってしまっていた。それでも、書類の作成に追われる窓の内側から聴いているのは、それなりに愉快だった。
遠くに見えたこのツリーの真下で催されたイベントには、ベルリラを構えた子供達が練り歩く。ティンプトンドラムの小刻みなリズムが朧げに響いて、さぞ賑やかだっただろう。
一晩立ってしまった今はすっかりいつも通りの風景に戻ってしまったけれど、一夜限りの魔法だと思えば、悪くはないんじゃないかな。
「はー、いっちょあがり、だな。帰ろうぜクラウド」
「ああ」
短く頷いたクラウドが俺の隣を歩き始める。期限切れ間近の赤札シールが並ぶ通りの角を曲がって、人気の少ない道に差し掛かったとたん、ゆっくりと絡む小指同士。冷たいけれど、そのうちお互いの熱が伝わりあって暖かくなることを知っている。何も言わなくたって、それだけで十分 だ。
アパートに帰宅した瞬間に、ヒーターのスイッチを入れた。すっかり冷え込んでしまっている部屋の真ん中に、報酬にと渡された飲み物やケーキの売れ残りを並べ立てる。昨日は二人とも配達業に勤しんでいて、ゆっくり食事をとる時間なんてのもとれなかったっけ。
「……これから毎年、こんな感じなのかな」
「暇じゃないのはいいことだ」
「俺はクラウドといい感じに過ごしたいって思ったんだけど」
豆鉄砲を食らった鳩の目でクラウドが俺に振り向いた。その目を見て俺自身もびっくりした。何をそんなに驚く必要があるのか理解できなかったからだ。
街はあんなに華やかで、行きかう人は皆幸せそう、電飾で飾り付けられた飲食店からは笑い声が響き、店の前に立つ女の子の生足……の話はまあ、 置いといて。当たり前にそうやって過ごす人たちを見ていたら、俺だってそんな風に過ごしてみたいと思ってしまうのも仕方ない。
「あんまりそういうの、好きじゃない?」
背後から手をまわし、わざわざクリスマスの配達用に調達した赤いコートをそっと脱がせる。されるがまま腕を滑り落ちた袖がだらりと重力に従って落ちる。適当に椅子の背にかけて、耳裏のにおいを吸い込んだ。
「いや、嫌いではないけれど」
特に抵抗する素振りも無いクラウドの声から抑揚が消えていく。少し俯いた耳の先は、ひんやりと冷気を纏ったまま。
腰から腹に向けて伸ばした両腕にほんの少し力を込めると、やんわりとその手首を掴まれる。
「俺は好きだぜ、多少はっちゃけたって怒られないし」
「……どちらかと言うと、それを見てる方が性に合ってる」
「あはは、知ってる」
持ち上げた頭をこちらに向けたクラウドに一つだけキスを落として、髪を撫でつけた。ぴょこりと反動で跳ね上がる金色のトサカの主の深い目が俺の視線を縫い付ける。逸らす理由が見つからないまま、ポケットに手を入れた。まさぐる指先に触れたそれをそっと取り出し、掌の中にしまい込む。間に一つ瞬きをしたクラウドが小さくため息をつき、それから穏やかに微笑んで、口を開けた。
「賑やかじゃなくたって、出来る」
「そりゃそうだけど……こういうのだって、渡したい」
ツリーに飾られていた小さな飾りの一つ一つに、子供が喜ぶようなお菓子が入っていたらしい。子供たちの目をかいくぐって生き残った最後の一つが今、俺の手の中にある。回収するとも言われなかったのをいい事に、報酬の上乗せとして頂いておいた物だ。
本当は時間を作ってゆっくりと贈り物を探したかった。きっと何を渡したって喜んでくれるだろうという確信はある。だけど、残念ながら急に舞い込んだ仕事に忙殺されて、そんな時間は取れなかったんだ。普段はほぼ開店休業状態の俺たちがまさかこんな事になろうとは予測しておらず、何か渡したいと言う気持ちだけが取り残されたまま、クリスマスとやらは終わってしまった。
掌の上におかれた小さなプレゼントには、たった一粒のチョコレートが入っているだけ。口に放りこんでしまえば、一瞬で終わってしまう魔法だ。
助かったと取るかこの程度しか、と取るかは俺次第で。
多分、今はこれで十分だ、と思った。
今年はこれで、許してもらいたい。
「……ありがとう、ザックス」
「おう……お返し、ちょーだいよ」
頬を指さしここに来いと誘ったけれど、一瞬の戸惑いの後に与えられたのは唇への返答だった。やわらかくて暖かいクラウドと俺の粘膜が触れ合う音が聞こえる。
それだけで、指先に帯びる熱を抱えて居られるような気がした。
fin
普通にクリスマスぐらい過ごさせてあげたいと思うんだけど、普通じゃ終われないんだよねいつもいつも。