嫌い嫌いの裏返し

当たり前のように呼び出されて従った。最近じゃあこっちから「今日は?」なんて無粋な聞き方をすることが続 いている。口元を緩く開いてそれを肯定する、耳に流れ込む低い声は嫌いじゃない。でも、なんとなくムカつくな、とも思う。
ソルジャーフロアへと向かうブーツの鳴る音だけが響く。鉄板の入ったつま先は重く、俺とセフィロスの歩幅の違いから噛み 合わない足音が鳴った。
そういうとこも、なんかムカつく。
足なげえな、ちくしょう。


 セフィロスの住処は毎日変わる。立場が立場だ、いつ寝首を掻かれるかと考えれば、確かにひとところにはいられない。そればっかりはちょっと気の 毒だとも思う。
 すれ違いざまに部屋の鍵を渡されて、それから何事もなかったかのように別れた。肩を並べて並んで歩き、一緒に部屋に入るだなんて甘い始まりは、 今まで一度もしたことがない。
 キーリングに指を通し、くるくると振り回しながら歩く廊下は薄暗く、人気もない。この建物には住人が一人もいない、って噂がある程だ。それがも し本当ならそれはつまり、わざわざセフィロス一人の為だけに建てられた代物だって事になる。
それも、ちょっとかわいそうだと思う。
さびしくねえのかな。
「ぴんぽーん、お隣さーん、ちょっとお醤油かしてくださーい」
――なんて、一人で口に出したところで虚しさが通り過ぎる。
俺でさえなんかそんな気分になったんだ、そんな事、あいつが言うわけないか。
 かわいそうとか気の毒とか、そんな言葉をかけるような相手じゃないことぐらいわかってるけれど、それはあくまでも仕事上の関係での話。ビジネスパートナーってやつだ。
たどり着いた部屋を開け、気配がないことを確認してから黙って入る。
「はー……は?」
 真っ暗な廊下を歩き、だだっ広いリビングに思わず疑問の声が出る。思ってたより相当デカかった。大理石の床だなんて大層な代物、こんな汚い靴で歩いちゃいけないような気がして脱ぎ捨てた。
ぺたりと皮膚を押し付けると、ひんやりとした感覚が気持ちいい。
 それにしたってなにもない部屋だ。天井は高く、シャッターが下りているとはいえ窓は大きい。防音設備も完璧で、そんな贅沢な所にベッドがただぽつんと置いてあるだけ。
殺風景って、こういう所の事言うんだろうな。
「……あいつ頭おかしくなんねえのかな」
 返事をしてくれる相手なんていないのに口に出してしまったから、もしかして俺の方が頭がおかしいのかもしれない。そう思うと少し面白くなって、 せーのでバク転三連発。ばっちり着地を決めたけれど、誰にも拍手はもらえなかった。
 好きなように使えと言われていたのをいいことに、これまたバカでかい風呂のドアを開ける。脱ぎ散らかした服はあとで片づけるとして、キュ、と 捻ったシャワーに頭から突っ込んだ。

* * * 

「いつ入ってきたのかさっぱりわかんねえよ」
「お前が浴室にいる間だ」
「うん……音、聞こえなさ過ぎてかえって危ないぜ?」
 ふ、と緩く笑ったセフィロスのコートは、白い部屋では妙に浮いて見えた。まるで何の問題でもない、とでも言いたそうな顔で浴室へ消えていく。
――この時間、嫌いだ。
 先に部屋で待機して、体洗って、あいつが出てくるのを黙って待っている時間。元々そんなに好きじゃないとは思っていたけれど、やっぱり嫌いだと 思う。抱かれる前提での待機なんて、これじゃあまるで……何て言えばいいのかわからないけれど。

長い髪を一まとめにしたセフィロスが戻る。まだ拭き残しのある体に自然と目が行った。
相変わらずデカいな、あっちもこっちも。
心の中でぼやいてから、解いた髪を雑に拭くセフィロスに声をかけた。
「……で、今日は」
「お前の好きなように動け」
「は?」
背中を見せたまま言われた言葉に、少しカチンと来る。
「上に乗れって事?」
「乗りたいなら」
「は?」
二回目のカチン。
「それって、上官命令?」
「それ以外に何がある?」
――はぁ?
 ムカつく。超ムカつく。すっげえムカつく!
今まで適当に流されて、嫌いじゃないからまあいいかと思ってはいたけれど、いくら何でもその物言いは雑すぎやしないか。お前のそういう所、ほんっとムカつくんだよ!
「お前さあ、情緒ってもんはないの?」
「どういう意味だ」
「……抱きたいなら抱けよって事だよ!」
 なんでこんな事を男相手に言わなきゃなんねえんだとは思うけれど、これはさすがに一言言うべきだと思った。
ビジネスとか、そういうの関係ない。
「俺の事抱きたいなら上官だの階級だのなんだのなんて立場捨てて、かかって来いってことだ……っうぐ」
セフィロスの動きが止まったかと思った瞬間、手に持たれたタオルが床に投げ捨てられる。ゆらりと半乾きの髪が揺れ、顎もとを強く捕まれた。不思議な色の目が至近距離で俺の視線を突き刺して目が離せなくなった。けれど、啖呵を切ってしまった以上、こちらもある程度の腹をくくる覚悟を決める。
「……いいんだな?」
「っ、別に……、ん」
「なら、加減は無しだ」
 耳元で囁いた低い低い声で腰が震えた。するりと背中に這わされた手に体を引き寄せられ、唇を塞がれる。反射的にきつく閉じた口を割って入って来 る舌先にあっさりこじ開けられて、軽く噛みつかれる。怯んだ体で一歩後ずさりしてみたけれど、がっちり捕まれた腰はうまく動かなかった。歯列をな ぞってめちゃくちゃにかき回される感覚に力が抜け落ちそうになり、両手でセフィロスの体を引きはがそうと胸元を押し返してみたけれど、あんまり大した意味は持たなかった。
「っふぁ、おま、なんだよ……っ」
「いいんだろう?」
「いっ……あ、いやその……」
 正直、その声は腰に来るからあまり聴かせないでほしかった。低くてしっとりして、穏やかだけど冷たい声。そんなのに改めてこの続きをするなんて 宣言されてしまったら、さすがの俺でもうまく言葉は出てこない。
 腰に巻いていたタオルを剥ぎ取られ、ベッドに無理矢理押し倒される。そのまま覆いかぶさって来て、視界がほんのり影で覆われた。セフィロスの長い髪が耳元を掠って肩に落ち、その冷たさに一瞬目を閉じる。
「冷たっ、セフィロス、ちょっ……っあ!」
 不意にぎゅう、と強く抓られたピンク色のとんがった先に体が跳ね、甘ったるい声が出る。喉元をねろりと舐め降ろされ、鎖骨のあたりに噛みつかれた。痛いようなくすぐったいような感覚に指先がぴくんと反応する。音を立てて吸い上げられ、指先でくにくに弄られるだけで自分の下半身が素直に反応し始めてしまう恥ずかしさに、顔が赤くなる。
「セフィ……っや、やめ」
「いいと言ったのはお前だ、付き合え」
「はぁ、あっ……それって、命令?」
まだそんな確認をしようとする自分にちょっと笑えた。
変な顔で変なことを聞いた俺に、セフィロスはいつもと変わらない顔で返事をする。
「お願いだ、と言ったらどうする」
「ひぇ……き、きもちわりぃ事言うな、あ、あっ」
 俺の返事を無視したセフィロスはさも当たり前みたいな顔で、ゆるゆると勃ち上がる俺自身に手を添える。一番敏感な部分、ぽってり膨らんだそこを すりすりと擦り上げられる。声が上ずり、足の先まで力が入った。なんだか悔しくなって、セフィロス自身に手をかける。
「あ、あんただって、こんななってるしっ!」
 く、と喉の奥で笑ったセフィロスに、これ見よがしに舌先をちらつかせる。噛みつかれて、ぬるりと絡み合う。ざりざりした感触に目を細めて、さっきまで抱えていた色んなもやもやが薄れていく感覚が心地いい。 緩く漏れた音が透明の糸を引いて、目が合った瞬間の顔に、少しだけ泣きそうになった。
なぁセフィロス。
俺はさ、別にこういう事をアンタとする事がイヤなわけじゃないぜ。
嫌だったらぜってー断ってる。それこそ命令無視だって言われたとしてもな。
だから別にそんな、自分の立場を利用するようなやり方で俺を縛り付けるの、やめてくんない?
「やりたいように、やれよ……っ、こんな時まで、つまんねえ事考えんな」
一瞬だけ見開かれた蛇の目が、ゆらりと笑った。

* * * 

「う、うぁ、ああっ!」
「いい眺めだ」
「いぁ……あぁ、は、ああっ!」
 じっくり慣らされもしないまま強引に割って入られた痛みと自分が振り回される感覚に、眩暈がしそうなほど興奮した。自分の手をセフィロス自身に添えてゆっくりと息を吐きながら受け入れたかったけれど、苦しい部分を通り過ぎるか過ぎないかのところで腰を押さえて突き上げられる。性急に割っ て入る圧迫感に、立てた膝に震えが来た。
「う、うぁっ、キッつ……っひぁ!」
 辛くて無理矢理抵抗しようとしたけれど、俺の下敷きになって薄く笑うセフィロスに引き戻される。ずるりと引き抜かれ、もう一度強く突き上げられ る。跳ねる腰を押さえつけられ、脱力した腕では体を支えきれなくなった。煽るような水音が鳴った後孔の入り口は俺自身とセフィロスの先走りが伝っ て、もうぐちゃぐちゃになっている。
 膝の間に寝そべりうっすらと眉間を寄せた、おっそろしく整った顔立ちが俺を見上げる。
見上げられてる。見られてる。その事実だけで体の中から痺れが来るような感覚に苛まれ、部屋の照明を消さなかったことを後悔した。
「気が散っているぞ、ほら」
「んぁ、あーっ、あぅ、セフィロス、ちょ、止めて」
「却下だ」
「やだ……あっ、ふぁ、あ、出る……っ、わっ!!」
 後ろ手に置いた指先で強くシーツを掴もうとした瞬間、急に体を起こしたセフィロスのその反動でベッドにひっくり返る。両足を上げた状態で膝を抱えられ、セフィロスの重力でさらに奥まで突き上げられた。
「あぅ、あ、ああっ、イっ……っああっ!!」
 どくどくと漏れ出る白濁が、自分の腹の上に滴り落ちる。どろりと垂れたそれが臍周りを汚し、吐き出した余韻で頭がぼうっと濁り始めた。生暖かい体液に一瞬嫌気がさしたけれど、セフィロスの大きな手がそれに触れる。
「はぁっ、は……な、なにやって、っあぁ、やめ……やめろ!あぁっ!」
 腹の上を這いまわるセフィロスの手で、自分の吐き出したそれを体に塗りたくられる。指先でぐりぐりと弄られながら、奥の奥を強く押し当てられる。強すぎる快楽に喉の奥から汚い声が出た。
苦しいと気持ちいいがぐちゃぐちゃに混ざり合って息が上がったままの舌先に、長くて節の大きな指を差し出される。
「ふ、ううっ……」
「舐めろ」
「うぇ、や、やだ……うぅ」
 何が悲しくて自分の吐き出した精液を口に含まなきゃいけないんだと悪態の一つもつきたかったけれど、辛い態勢で奥をぐりぐりと押し付けられてい るこの状況では、それすら許してもらえない。達したばかりだってのに息をつく間も与えられないまま、すぐに追い上げられた。
「セフィロス、ちょっと、まっ……っあぁっ、止めろ、止めてくれ!」
「やりたいようにやれと行ったのはお前だが?」
「ひぁぁっ!あ、あっ!」
 揺れるベッドの上でされるがまま、苦しいのに硬いそれを押し付けられる。やめてと懇願した所で当然やめてもらえるはずもなく、ああ、多分俺このまま死んじゃうかもしれないな、なんて考えが頭をよぎった。
「も、キツい……はや、く……っんぁ、ああっ」
 蕩けた視界にセフィロスの顔が映る。苦しそうに眉間に皺を寄せた英雄の顔が見られるなんてなかなかレアなのかも知れないと思うと、それはそれでちょっと嬉しいけれど。でも正直、早くイッてくれ、の方が大きい。
辛い、苦しい、気持ちいい。
もっと来い、受け止めてやる、今すぐ開放してくれ。
「あ、ああっ、セフィ、あ、やめ、もう無理……っうぁぁっ!!」
 色んな感情でいっぱいいっぱいになってフッと意識が途切れようとした瞬間に、セフィロスがかすかに呻く。力任せに押し付けられた先からどくどくと注がれる生温かい液体が、体の中に沁み入って来る。
――ああ、そういえば今日、ゴムすらつけてない。
 一瞬にして我に返り、軽く息を荒らすセフィロスを跳ねのけようと手で押し返した。当然簡単に離れてくれるはずもない英雄は、今日見た中で一番悪そうな顔で俺に笑いかける。
「ひ、ひっでぇ……」
「ふふ、お前の言葉に従ったまでだ」
 引き抜かれると同時にとろとろと伝い漏れる感覚が気持ち悪い。この後の処理を考えてどんよりした気分で起き上がり、投げ捨てられていたタオルを 当てがった。ふと何かの気配を感じて顔を上げると、目の前に吐き出したばかりのセフィロス自身が差し出されている。
「……なんだよ」
 舐めろと言わんばかりの無言の長髪に自然と口が尖る。意を決して口に含むと、なんともいえないにおいが広がった。
――俺、これもあんまり好きじゃないんだけど。
 ちろちろと舐めて、吸い上げ、それから唇を離す。とろりと糸を引いた余韻が、シーツの上にまたぽたりと落ちた。その瞬間、自分の中で反逆心が芽生える。
「セフィロス」
「ん……っ」
 こちらを向いた瞬間に頭に手をまわし、思いっきり唇を押し付ける。無理矢理舌を捻じ込んで、セフィロス自身の味を教えてやった。
どうだ、まいったか。
「……」
微動だにしない英雄様の鼻から軽く息が漏れ、ばっちり目が合った瞬間。
今まで見たこともないようなまん丸のその瞳に、生まれて初めてこいつに勝てたような、そんな気がした。

* * * 

「ナマでやんなって言ってるのにさあ……」
「やりたいようにやれと行ったのはお前だろう」
「いや、そうだけどさぁ……」
 ブツブツといくらでも出てくる愚痴を垂れ流しながら、浴室に向かう。先に浴びてこいと言ってくれたばっかりに、一瞬でも優しい所もあるんだななんて思ってしまったあたり、俺もだいぶキてるような気がする。
 でもな。あれは俺の本心なんだよ。別に俺の事を好きになれだとか、優しくしてくれだとか、そんなことは別に思っちゃいないんだ。ただ、こういう 事を上官としての立場だとか命令だとか、そういうのを利用しないと出来ないって思ってるのがイヤなわけ。
たかがセックスだろ?もっと自由でいいじゃん、って。
俺はそういいたかったんだよ。それだけだ。
 思った事をそのまま伝えたところで額面通りに受け止めてもらえることの方が少ない上官様だ、最低限、それだけ伝わっていれば、もういいんじゃないかと思ってる。
――本当にちゃんと伝わってるのかは、かなり怪しいけどな。

わからねえなら、いつまでだってしつこく言い続けてやる。





fin