雨の日の話

雨の日なんて大嫌いだ。
窓の外を黙って見つめる時間なんて、ただうっとうしいだけだ。
外に出たって室内にいたって、どんよりとした空気が体中に纏わりついているみたいな気になる。
だから、全然好きじゃない。
三日間降り続いた雨は今日になって更に激しさを増した。ニュースのお姉さんはミッドガルの短い雨季の始まりとは言ってるけれど、今年は少しだ けいつもより早く始まったらしい。任務も大したものはないし、こうも待機が長く続けば体が疼き始めるってもんだ。
「んあー!暇だ……やるかぁ」
こうなってしまえばとりあえずスクワットで体を動かすしかない。ソルジャーフロアにあるドアを順番に開いて、誰もいない部屋を確保。
別に誰が入ってきたところで、困るものではないから全然構わないんだけど。
背中の剣を壁に立てかけて、それからルームのど真ん中に仁王立ち。息を吸って吐いて、気合を入れてしゃがんだとたん――
「やるなら静かにやれ」
「えっ!?あ、セフィロス……なんだ、いたのかよ」
ソファからむくりと起き上がりこちらに顔を向ける英雄様は、さも寝起きと言ったご様子でこちらを見上げている。全く気付かなかった自分が少し悔しいとは思ったけれど、ある意味完全に寝落ちていた相手なら気配も何もあったもんじゃないだろうから……まあ、ギリギリセーフだ。
内心自分に言い訳をしまくる俺の気持ちなんて知ろうともしないセフィロスが、乱れた髪を手でかきあげて両手で顔を覆い、それから目元を抑えて居直った。
「珍しいな、あんたが仮眠なんて……寝てねえの?」
「睡眠はしっかりとっているんだがな」
「ふーん……ならいいけど」
二言三言交わせば、それだけで話は終わる。セフィロスから追加で何か言われることもないまま当初の予定を始めようとしたけれど、ふと面白いことを思いついた。
「なー、セフィロス」
「なんだ」
「ちょっとそのままな」
数メートル離れたソファに近寄ると、背もたれからひょっこりと突き出た頭が怪訝な顔でもう一度振り返る。眠気が完全に冷めていなさそうな目元 がいつもよりとろんと揺れていて、吹き出しそうになった。
「ザックス」
「……いいじゃん、これ」
近寄って、俺の影が出来た頭に手を置いて一撫で。
「俺の方が、おっきいみたいだ」
体ごと被せる様に腰を曲げて、キスを落とす。
いつも俺がほんの少しだけ上向きのそればっかりだった。ふと思い立って近づいたセフィロスの頭が俺よりずいぶん低かったから、いたずら心が沸いたというか。ソファに座っていりゃあ当然だとは思うけれど、よく考えてみれば、結構レアな状況かもしれない。
「職場だぞ」
「誰も見てないからノーカン」
「なるほど」
ふふ、と息を吐きながら笑い、両腕を伸ばして伸びをする長髪が揺れた。すかさず背もたれを乗り越えてその隣に腰を落とすと、ギシリと軋んだソファに体と心が沈み込む。
「で、なんでこんなとこで寝てたんだよ」
「……雨の日は、眠くなる」
「ははは、なんだそれ」
特に中身のある会話を交わすわけでもないけれど、珍しくセフィロスの隙だらけの姿を見たような気がした。

「……で、お前は?お得意のスクワットをするんじゃないのか」
「んー……あとで」
思えば、ただ隣にぴったりくっついて座るのだって、なかなかない事かもしれない。
ゆっくり座って、窓に叩きつける水滴の一粒一粒をただ眺めるだけの時間が過ぎていく。
「なあ、もっかいしていい?」
「ダメだ」
「んじゃ、セフィロスからちょーだい」
睫毛が触れそうな距離まで近づいてばっちり目を合わせれば、それで俺の勝ち。
やんわりと目を閉じたと同時に触れる口元の柔らかさに、外の雨音が遠ざかっていく。

雨の日なんて大嫌いだった。
窓の外を黙って見つめる時間なんて、ただうっとうしいだけだと思っていた。
外に出たって室内にいたって、どんよりとした空気が体中に纏わりついているみたいな気になるから、だから全然好きじゃなかったんだけど――
今日、少しだけ、好きになった。