存在証明


 世界に対する全ての悪を相手取って戦うと決めた。
 それは心からの誓いで、それ自体が自分の誇りだったことは覚えている。
 誰と誓ったか、何に誓ったか。
 そんなの今更口に出す必要もない程当たり前の事だった。
 だけど、自分自身がその悪側に立たされるとはさすがに思ってなかったな。


 どこへ行けばいい。何をすればいい。言われなくとも足は動き、両目に灯った意思はそっちを向いた。
背後で薄く笑うセフィロスを何度か振り返りそうになりながら必死で自分を制し、前だけを見て歩く。薄暗い世界の真ん中にぽつりと佇む自分自身が、本当にここにいるべきかどうかの結論はまだ出ないままだった。
 偽りの存在として無理矢理引っ張り出された自分自身。それを許容できないまま背負った誇りは随分重く、そっと柄に手を添えてみた所で冷たくも温かくもない。ただ、掴んだ剣が不思議と手に馴染んだ事は読み取れた嬉しさに、思わず立ち止まった。
 静かだった世界が騒めき、強く吹いた風が髪をぐしゃぐしゃに乱す。
 それからまた、何事もなかったみたいに静まり返る。
「……重いな」
 バスターソードがこんなに重く感じたことなんてあっただろうか。カチャリと金属音をが鳴ったけれど、何の感慨も沸きはしなかった。それぐらい地面を踏む足取りも重いし、気分もなんだかすごく重い。全ての重力に押しつぶされそうになりながらも、意思に反して止まらないつま先の向かう方へ進み続けた。
 薄暗い空を見上げると、どんよりとしたその空気に飲み込まれてしまいそうな気がした。作り出された自分自身の前でセフィロスが笑う。喜べばいいのか否定すべきか、どちらともつかない感情が体内をぐるぐる回って眩暈がしそうになり、同じように笑う俺と似たような顔は散り散りになっ て消えて行く。
 俺もまたその後に続くのかと思うと、少しだけ胸のあたりが痛くなった。
 
 懐かしい声に呼ばれた気がして振り向いた瞬間、気が付けばそういう風にして立っていた。セフィロスに作り出された自分自身の存在の意味も、経緯も、全て知った上で俺は生まれた。辺りを見回せば自分と同じ顔をした他人が複数存在していて、その視線の端っこで銀髪は嗤う。
"体が思うように動かない"
"俺たちはこんなもののために存在するんじゃない"
 口々に言葉を吐く自分自身に嫌気がさし、目を逸らした。膝をつき、胸元を抱えてうずくまっていたかと思うと低い声で笑う。それはまるで自分の声とは思えないような、暗い音だった。
――俺の声ではない、俺の音。
 セフィロス、俺は。
 創造主とそっくりな顔で笑う自分自身に取り囲まれて、同じように笑うことが出来ればもっと楽だったかもしれない。言われるがまま動いていれば、辛い思いも痛い思いもしなくて済んだかもしれない。嘘で塗り固めた安息だけの世界に閉じ込めていれば、そのまま消してしまえば――もう一度誰かの笑った顔が、見られたかもしれない。
 セフィロス、俺は、俺はさあ。
「……いや、ダメだ」
 自分の楽な方へと傾きそうになる心を必死で押し殺し、呼びかけた誰かの名前を必死で飲み込んだ。
 だってそんな会い方したって、同じようになんて、出来るわけないんだから。
 誰のそんな顔が見たいんだと聞かれても、きっと明確に答えられなかったと思う。誰にも聞かれない安堵と誰にも伝えられないもどかしさを抱えながら、ひとりでに足は動く。体の内側から支配されそうな感覚に抗いながら自我を保ち、どうか最後までこのままでいられますようになんて、ガラにもなくどこかに祈り始めてしまった。

なあセフィロス、俺は。
こんな事の為に生まれたかったわけじゃない。

 セフィロスは神になり替わると言い放った。その座から神を引きずり下ろした上で、自分が新たにそこに立つと微笑んだ。その瞳と目が合った瞬間、そんな顔をして笑わないでくれ、の一言がどうしても言えなかった。
 どうして言えなかったんだ、何でも話せる親友だったはずなのに。
――どういった経緯であれ、今の俺がこうして歩いている理由の大元だからだ。
 だけど、それは本当に正しかったんだろうか。

 最後まで見ていたかった。どこまででも行けるって信じてた。きっとゴールにたどり着けると思った。
 肩を担いで歩いた道のりの一つ一つは決して無駄なんかじゃなかったはずだ。
 会いたいと思った。ずっとそばにいたかった。手紙の続きを聞いて、花に囲まれた姿が見たかった。
 それから、笑って肩を並べて戦えるなら、どんなに良かっただろうな、なんて。そんな事を、思う。
 珍しく日和ってる自分が少し笑えた。それと同時に、じゃあそうなる風に動けばよかっただろう、とも思う。やろうと思えば今すぐにでも自我なんて捨ててしまえるさ。そんな状況でだって涼しい顔をするのは得意だぜ。
 だけど、それじゃあ俺自身が納得できないんだ。
 自分の心を捨てて、夢も忘れた自分になったとしたら――それは自分で自分がどうしても許せない。

 心を持ったまま簡単に生まれた。存在を確定してしまった。他人に抱けと言い続けていた夢もまだここにある。俺の中にある誇りと夢は、自我そのものだ。それが俺自身の生きた証であり、当然それだけの為に生きていたんだから絶対捨ててはいけないもんだ。
 今現在この瞬間に、それをまだ捨てていない自分を押し殺してまで、親友だと思っていた奴と同じ声で低く笑った自分の分身たちと一緒になって笑ったとして、俺自身は夢を抱いたまんまでいられるか?そんなわけないだろう。
「止めるしかないよな、俺」
 じゃあ、どうやって止める?
 それだって簡単だ。心がある、感情も夢も全部ある。
 だったらこんなに簡単で気持ちよく出せる自分への回答なんてないだろう。
 それにしたって。
「……まだ払い終わんねえのかな、自由の代償、ってやつは」
 見上げた空はどんよりと薄暗く、世界全体を覆うその虚ろな空気にも合点が行った。大きくため息を一つだけ吐き、もう一度前を向いて歩き始めた。


*


 明確な答えは得た。そして迎えた対峙の瞬間、眉間に皺を寄せてこちらに剣を構えたのは懐かしい金色と、嫌って程見慣 れた黒いツンツン頭だった。大きな口を開けて笑い、隣にいる誰かを言葉で鼓舞するその姿は、いつか俺の夢見た英雄の姿に凄く似ているような気がした。
「ザックス、大丈夫か」
「きついな、でも平気だ」
 そこにいるのが当たり前だった。
 その言葉を返すのも俺だったはずだ。
「自分と同じ姿のエネミー、倒したことあるから」
「それは……」
「シミュレーション訓練でちょっとな」
「……そうか」
 それは、俺が、言うはずだった言葉だ。
 二言三言交わす言葉の端々に感じる穏やかな空気には、俺自身を消すという固い決意が纏わりついていた。だけどそれを聞いて少し安心した自分 もいる。本来いるべきだった立ち位置に自分自身がいない事に沸いた黒い感情を、一瞬にして消し去ろうと心に決めた。
 同時に、自分でも驚くほど心は穏やかに凪ぐ。
 セフィロスの思惑のために生まれた自分の存在価値を疑問に思っていたんだ。世界を苦しめる悪全てを相手にするって誓った俺が、苦しめる側の 存在として生まれた理由を見つけられなかった。本当の俺自身を消してしまえば何かがわかるのかとも思ったけれど、そんなはずもなく。
「クラウド、一緒に戦ってくれるか」
「ああ……もちろんだ」
 だけど、生まれた。生まれたからには今度こそ、何かを救いたかった。
 一度光の先に還ったはずの俺がこうしてもう一度地に足をついて立てたのなら、そこに意味があるんだと証明したかった。今わかった。俺は、目の前に立つ俺が俺自身であるための必要な存在だと、自分自身を認めていいんだと、今、確信した。
 だけど、きっと口で言ってもわからないだろう、相手は正真正銘、俺なんだから。
 今の俺が救えるのは俺自身だけだ。それが現状の精一杯だった。それは勿論悔しい事ではあるけれど、その悔しさすらも受け止めてやると笑われる。
 救おうとした相手に救われる嬉しさと、ほんの少しの悔しさを抱き続けた。いつか自分が迎えた結末と捨てきれなかった未練でさえも、目の前にいる俺自身がそれを受け継ぐと笑った。それだけでもう大丈夫だと、心底思えたんだ。
 だから、きっとこれでいい。
 全てを背負うと決めて、全てを取りこぼさないと決めた俺がこれからもちゃんと俺でいられるなら、もうそれでいいんだ。
――ああ、こういう気持ちなんだな。
 込み上げる感情の全てを放り出し、大事に抱え込んだ物を投げ捨てる覚悟を決める。自分の誇りそのものである大剣を掲げ、最後の誓いを編み上げる。
 わかってるだろう、俺を倒せばお前は全てを思い出す。
 辛いとは思うけれど、お前ならきっと大丈夫だ。手加減するな。
 俺が生まれた理由を受け止めて、もう二度と後悔することのないように。






fin